「う、あ……ビリー…ごめん、ごめんなさい…」

かたく閉ざされた瞼。その奥に隠された彼の瞳を、もう一度目にする日はやってくるのだろうか。
……まだビリーは、死んでいないはずだ。浅い呼吸を繰り返しているのが辛うじて分かる。五体満足のわたしがこんな状態でどうする。冴えた頭に反してガクガクと震える足が憎いことこの上ない。動け、動かなければ、立ち止まってはいけない。ビリーを助けられるのはわたしだけだ、…わたしがやらないと…わたしが、彼を救わないと…。

分厚いガラスに手をあてて、変わり果てた彼の姿を目に焼きつける。待っててね、そう呟いても反応が返ってくることは当然ないが、それが一層感情を高ぶらせる。そうだ、やってやる。そのためには決定的に足りない情報。この広々とした部屋にはパソコンが数台あるようだし、何か記録が残っているかもしれない。わたしはそちらへ足を運んだ。
椅子の上には首が切られ息絶えた科学者がいる。周囲に勢いよく血液が噴き出しているのを見ると、頸動脈をやられたのか。切断面から肉片が覗いて催されるのは吐き気だけだ。直視しないようにごめんなさいと一言謝り、椅子をパソコンの前から移動させてキーボードをたたく。
デスクトップ上に保存されているファイルを開き、細かに分類されているのは実験と名付けられている数多の文書だった。順番に開いて中身を確認していくと、そこには全て見覚えのある名前とともに、身体症状の詳細が記されていた。それはこの病院の患者の名前であり、思い出したのは今は立ち去りもうここにはいない仲間の発言。

───こういうことだったのか。ただこれだけでは足りない、もっと核心に迫る情報がほしい。

「……、メール」

送信済みのメールが一件、残っていた。件名にはこの事態の元凶であると思われるワールライダーの単語。恐る恐るクリックを押してファイルを開く。ざっと目を通して、眩暈がした。要はこの病院は、法に反することをしていたのである。入院している患者の家族や政府の関心が大きくはないことを利用して、金儲けをしていたのだ。
モーフォジェニック・エンジン療法も、わたしが聞いていたものとは随分違う。……そうか、わたしたちは偽の知識を与えられていたのか。副作用では広範囲で皮膚の炎症、そして患者の暴力行為が引き起こされるらしい。それなら今まで見てきたものとつじつまが合う。
ワールライダーに関しての情報はあまり記載されていなかったが、どうやらそれは"悪魔"と称されるのが一般的らしいことが読み取れる。そしてそいつは、ビリーが存在することによって活動することができるようだ。

つまりあの機械が、ワールライダーを生かしている。

判断に困るのは、機械を停止していいのかどうかということであった。あれを停止させればワールライダーは消えるのであろうが、ビリーはどうなる?早まってわたしの手で彼を死なすことは絶対に避けたい。……とりあえず、手に入れた情報は同僚に伝えた方がいいはずだ。

ビリーのいる部屋を後にして、彼女と待ち合わせた場所に向かうと、壁に伝言があった。
"スタッフルームで待ってる"
文字が赤いのは、もしかして……いいや、彼女のことだ。ふざけ半分で気を紛らわそうとしてくれたのだろう。

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