───ねえ知ってる?プロジェクト・ワールライダーの事。

この病院に勤める仲間の口から出たのは、聞きなれない単語だった。プロ……プロジェクト?なにかの計画、いや研究だろうか。わたしの怪訝な顔を見かねた彼女は「まあ私も詳細は分かってないんだけどさ」と言った。

「いきなりどうしたの?」
「それがさあ、この病院の地下って科学者が籠りっきりで研究に明け暮れているじゃない?その彼らが珍しく上がってきて、話してるのを聞いたんだ。初めて聞いた言葉だったし、ナマエなら何か知ってるかなーって思ったんだけど」
「……ごめん、わたしも初耳。でもそれがもしわたしたちの仕事に関係することなら、話は聞かされているはずだよね」
「そうそう!……何かちょっと変だよ、最近の患者の様子とか……皆もそう言ってる」
「……うん」

最近の一番の疑問は、精神状態が安定していて特に必要な治療もなく、安静にしておくべき患者がどこかへ連れて行かれたことだ。患者の取り違いではないかと訴えてみたけど、無言で突きだされた診療方針を確認したら誤りではなかった。だからわたしはすみませんと一言謝罪して、その患者がストレッチャーで運ばれていくのを見守ったのだ。主治医の決定したことなら、と考えて、わたしは気にしないことにしたのである。

ねえ、と口を利こうと思ったらダンダンダン!と扉が壊れる勢いでノックをされ、わたしと友人は互いに肩を跳ね上げた。鍵がかかっているわけではないのに、それに気づいていないと思わせる振る舞い。扉の開け方を忘れてしまったかのように、ただひたすら扉をたたき続けているのは一体誰なのか。ここ連日おかしな事態が立て続けに起こっているせいで、やけに警戒心が研ぎ澄まされている。自分から扉を開いてあげよう、なんて気持ちは微塵もわいてこなかった。

やがて荒々しく開かれた扉は、強く開かれすぎて壁に勢いよくあたり跳ね返った。ノックをしていた人物に衝突して痛々しい音がしたが、当の本人は気にした様子も見せず、息を切らしながら目の前にやって来る。彼はわたしたちの仲間で、それにホッと胸を撫で下ろした。

「ちょっとぉ〜驚かさないでよ!もっと静かに開けらんないワケ?」
「そんな事はどうでもいい、聞いてほしい事がある。お前たちプロジェクト・ワールライダーの事は知ってるか?」
「それ、丁度ふたりで話してたところ。でも何のことなのか、さっぱりで」
「これが全ての元凶だ。この病院の、患者の狂いようの。何でも人体実験に使われているらしい。見たんだよ、机の上に広げられていた資料を……!患者はそれのエサになってるんだ!」
「は……ハア?何それ!?」
「エサ?……待って、その資料わたしにも見せてほしい」
「悪いが俺はもうこんなとこに一秒でもいたくない。こんなクソみたいな仕事やめてやる……!もっと早く決断しておくべきだったよ畜生!資料は地下にあるよ、ナマエが自分で探してくれ」

彼は髪の毛を掻き毟るとバタバタと白衣を脱ぎ、身支度を整えて荷物をまとめてしまった。

「───ああそうだ。ナマエ、お前の幼馴染……ビリーだっけ?そいつに関する書類もあった。……なんつーか、ご愁傷様」

部屋を出ていくときに残された言葉を理解するのに時間がかかった。聞き間違えかと思って聞き返そうとしたら彼はもうここにおらず、速足で立ち去る足音だけが廊下に響いていた。

ビリーという名前だけが脳内で反芻されて、わけがわからなくて、……きもちわるい。

「ビリー、の?……どうしよう、そうだ。そうだよ、ビリーが実験をうけるって言ってたの!わっわたしは止めて帰るように伝えたんだけど、も、もしかしたら、巻き込まれちゃったのかもしれない……どうしよう……!ビリーに何かあったら、あ、ああっ」
「っナマエ、ナマエ!落ち着いて!もしかしたらアイツの見間違いかも知れない。決めつけるのはまだ早いよ」

ガクガクと両肩を揺すぶられてハッとするけど、心臓は暴れているし、手も足も震えてきて頭が真っ白だった。

「まずは地下に行こう?」

冷静な彼女が、頼りの存在だ。

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