「───神はいた……お前が宿主となれ」

やけに通る声で覚醒した直後に、乱射される銃の音と悲鳴に包まれる。あちこちから上がる苦しそうな呻き声は次第に弱弱しいものへと変貌し、やがては途切れて彼らがこと切れたことを暗示した。
……何が起こったのだろう。誰かが助けに来てくれたの?あるいは、また被験者が暴れている?……だとしたら、わたしも、殺される?
そう考え始めたら、心臓が暴れだす。でも周囲は打って変わり不気味なほど静かだ。この空間には、わたししか存在していないような、それくらいの静寂。銃を発砲した人物は既に立ち去ってしまったのだろうか?
なんにせよ、わたしはまだ死んでいない。生きている。……そうだ、ビリーを助けにいかなければ。

うっすらと開いた目に見えたのは暗闇だった。……停電、しているのかもしれない。この病院に生きている人間がどれくらい存在しているかは分からないけど、正常に機能しているとは思えないから仕方のないことなのだろう。
横たわっていた床に手をあてて、ゆっくり上体を起こした。左目にはまだ熱感があるけど、触れてみればパリパリと血が固まっている感触がして、血は完全に止まったらしいことが確認できる。失血死は免れたようだ。
すると突然カツン、と小さな音が聞こえた。足音のような、硬い音だ。随分と近い場所から……いいや、近いというよりは、目の前から?
暗闇の中では何もわからない。でも確かに、なにかが存在している。この空間に、わたし以外のなにかが。

どく、どく、どく。一度は収まった鼓動がまた速まりだした。

「こっちだ!悲鳴が聴こえた!」
「ここはまだ電気は生きているようだな……油断はするなよ」
「クソ、かなりの数が死んでやがる」

遠くから忙しない足音と話し声がする。徐々に大きくなっているから、こちらに向かっているようだ。

「ひ、っ」

突然肩を二回、トントンと叩かれたと思うと両脇の下を固定されて浮遊感に襲われる。予想外のことに口からは小さく悲鳴がこぼれた。投げ飛ばされるのを想定して身体が委縮したが、そんな予想の斜め上をいくことがわたしの身に起こったのだ。
お腹への圧迫感、そして人肌。腰の上に添えられた手。もしかしなくても、誰かに担がれている。そのひとは歩き始め、震動が腹部から身体全体に広がった。どこに向かっているのかは分からないけど、先程聴こえてきた男のひとたちの声が大きくなっている。もし彼らが助けに来てくれたひとたちなのだとしたら、このひとは恐らく、入口に向かって進んでいる。
駄目だ、止めないと、このままだとビリーを置いていくことになってしまう。そもそも、このひとはわたしを助けようとしているのかも分からないのだ。手足を思い切り暴れさせて担いでいるひとの背中や腹と思われるところを殴る。

「っ離して……!お、おねがいよ、お願いだから……ビリーが……まだビリーが」

でもそんな努力は実を結んではくれやしなかった。完全に無視されているのか、腹部への衝撃も止むことはないし、何か返事が返ってくるわけでもない。

「おい、いたぞ!」

誰かが大きな声を上げたと思ったら、次の瞬間には「ぎゃあっ」という悲鳴に周囲が包まれた。わたしを担いでいるひとは、随分と強いらしい。……被験者の一人だとしか思えない。なんでわたしは殺されないの?あとからじっくり、ゆっくりいたぶられるとでもいうのだろうか。そんなの嫌だ、絶対にいやだ……!

やがて温い風が頬を撫でた。パトカーのサイレンの音や、何かが焦げたような、焼けているようなにおいがする。恐らく、外に出たのだろう。このままだと逃げられるチャンスが本当になくなってしまう。再び抵抗を試みて、わたしは諦めで閉じていた瞼を開いた───のだが、やはり見えたのは暗闇だけで。

わたしは全てを理解すると同時に全身が脱力するのを感じた。

ああ、そうか、だからあのとき。ここはまだ電気が生きていると、……そう言っていた人物が、いたじゃないか。

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