nameは悩んでいる自分がおかしいのだろうかと思うようになった。
MettatonはどこまでもMettatonであり、その様子にはなんの変化もない。いつものように真ラボに顔を出し、いつものように話をし、いつものように「またね」と言う。それは代わり映えのしない今までの生活だった。“友達”であることに変わりない生活だった。
ただ、理解しがたい点は増す一方である。友達をつくることを許可してくれた割にはnameが行く先々にMettatonが現れる。奇妙に距離を縮められることがある。友達と過ごすことを邪魔されているような気がする。以下略。
これらのことを踏まえ、次第にnameはこう考えるようになった。
Mettatonはスターである。スターとは地上で見られる星の意でもあり、そしてそれらは決して手の届かないところにあると。だから彼の意図していることにも自分なんかには決して考えが及ばないのだと。
しかし、nameはそのようなことを自分で思案しておきながらMettatonを遠い存在のように感じ寂しくなったので、以降考えることをやめた。
とにもかくにも、nameはMettatonが友達をやめたいと言ったにもかかわらず普段通りに接してくれていることに酷く安堵していたのだ。

そんな日々を送っていたし、今後もこんな日々が続くと思っていた。
友達と呼べる存在ができて、誰かと話せる機会が持てる。こんなことは過去のnameには到底想像できなかったことだ。nameにとってはまさに毎日が夢のようで、そしてかけがえのないものになっていた。
それゆえに些細なことにも感覚が鋭くなってしまう。
nameはAlphysの様子に懸念を抱いていた。Alphysは義務を果たすべく日頃から真ラボに顔を出している。その流れに沿ってふたりで話をすることが多かったのだが、どうもこの日はそうはいかず。
為すべきことは為しつつも足早に去っていくAlphysは、他に何か気になることがあるようだった。

やがてnameは、今日も今日とて真ラボに足を運んでいるMettatonに相談を持ちかけた。すると彼はその理由を知っているかのような口ぶりで「そうだろうね」と言った。

「なにか知ってるの?」
「僕が見た感じだと、たぶん今はWaterfallの終盤あたりじゃないかな」
「…それは、どういうこと?」
「Alphysは監視に大忙しってわけさ。そして僕にも、そろそろ出番がくることになってる」
「監視?出番?…Mettaton。わたし、話がみえない」
「それでいいんだよ。だって、どうなるかわからないんだから」
「教えてくれないの」
「…ここには、Alphysの全てが凝縮されてる。結実とは言い難い…自責や負い目、忸怩…それらは得てして彼女の根幹を成すものだ。長く一緒に過ごしてきたnameなら、理解できるよね」

秘密裡に行われてきたAlphysの研究。それがもたらしたものは、決して彼女が望んだような結果ではなかった。言うなれば不可抗力の産物だ。真ラボで生活しているnameも、Alphysが良心の呵責に苛まれ度々自身のことを責める発言を口にする様子を目にしてきている。
異なる種族のモンスターが溶解し融合し合う姿を見て、ソウルを弄ぶ非人道的な行為だと批判する者もいるかもしれない。例えAlphysが求めた成果ではなかったとしても、結果に執着する者は存在するものだ。Alphysは自分のことを世間に顔向けできない恥にまみれたモンスターだと責めるようになった。
しかし、Alphysがいくら自責の念に駆られたとしても、彼女がnameにとって果たしてくれた役割は紛うことなく功績である。nameはAlphysに感謝していた。自分にとっての救世主であると思っていたのだ。
そのことをMettatonに伝えると、彼は頷いた。「そうだね。それに、Alphysは僕の夢も叶えてくれた。…僕達にとって、彼女はかけがえのない仲間であり、友達なんだ」今地下世界に起こっていることがモンスター各々に対して何かしらの影響を及ぼすことは確信できる。善か悪かは定かではないが。人間が落ちてくるのは、それくらい重大なことだった。まして結界を破るのに必要な七つ目のソウルを持つ人間となれば。

「でもね、name。だからこそ僕は、彼女には自分を偽ってほしくないと思ってるんだ。だけど、その決断がとても難しいことも知ってる。…それで、そんな風に考えてたら僕も欲が出てきちゃったんだよ。いっそのこと自分の道を突き進めばいいってね」
「…Mettaton。もしかして、なにかをしようとしてる?わたしには想像のつかないようなこと」
「……。これはきっと二度とない好機だ。昔からずっと追い求めてきたことが実現できるかもしれない」

Mettatonはそこまで言うと「じゃあ、僕は壁に埋まらないといけないから」という謎の言葉を残して真ラボから出ていった。

「…Mettatonが、追い求めてきたことって」

Mettatonはスターである。だが、それは“地下世界の”という限定的なもので、その単語は彼にとって不要なものでもあった。
いつかMettatonは言っていた。「地上に出て僕の存在を人間に認知してもらいたい」と。人間やモンスターという種族に関係なく、スターとして周囲を楽しませることが彼の長年の夢だったのだ。
「地上に…」その場所へ通じる道は結界で封印されている。それを突破するには、Asgore王曰く七つの人間のソウルが必要らしい。そして六つはすでに回収されているとnameは聞いていた。そんな彼女が考えつくことと言えば。

「…もしかして。人間が来てるの?」

七人目の人間が地下世界に落ちてきたということだった。

しかし、その答えに辿りついたところでnameは自分が何をすべきなのか、何をしたいのさえもわからない。人間は地下世界において吸血鬼が忌み嫌われる対象と見なされる原因をつくった元凶のような生物だ。正直なところ、nameは人間に苦手意識を持っていた。相見えたことはないというのに。
もしAsgore王が人間のソウルを手に入れて封印を解除したら、当然地上への道が開けることになる。地下世界にはMettatonをはじめとして地上を羨望する者が多い。恐らく大多数のモンスターが地下から去っていくことだろう。それはきっと喜ばしいことに違いないが。
「……」nameの心はもやもやと晴れないままだ。

nameは憂えていた。未知数の未来を案じては我に返り、また物思いにふける。刻々と時間が経過するのも構わず、ただぼんやりと考え込んでいた。
すると突然警告音が鳴り響き、nameは飛び上がった。強制的に思考を中断させられ、一体なにが起こったのかと慌てふためいていると、息をつく間もなく重い物体が落下してきたような地響きが轟く。
「…???」こんな事態は長い間真ラボで生活してきたnameにとっても初めてのことだ。頭には疑問符が次々と浮かんでくる。経験がない以上、どのように対応するべきなのか見当もつかない。
悩んだ挙句、nameは大人しくAlphysを呼ぶのがいいと考え部屋を出ることにした───のだが、こつこつと靴音が聞こえてきたので足を止める。「…Alphys?」思わず名を呼ぶ。返事はない。だが音も止んだ。声は届いたようだ。
「……」はたとnameは気づく。“Alphysは靴を履いていない”。声をかけたのは不用意過ぎたのだ。さっと血の気が引いた。Mettatonである可能性も挙げられるが、この足音が彼のものではないことをnameは十二分に知っている。
つまり、得体のしれない誰かがやってきたのだと。nameはそう把握した。
真ラボにはAlphysの為したこと全てがつまっている。だからこそ、ここに入れる者は彼女の決断に左右されているはずだった。その結果の今なのだから。Alphysは決意したのだ。

Alphysの抱えているものが重く暗いものであることをnameは理解していた。そしてそれは易々と払拭できない闇であることも。そんな彼女を窮地から救い上げてくれたのは、どんなモンスターなのだろう。nameは怖怖と興味を持った。
二重の意味で高鳴る鼓動を抑えつつ膝を抱え込み、機械の陰で息をひそめる。隠れてしまったのは脊髄反射のようなものであった。
再び足音が聞こえてきたのを確認したのち、nameはこっそりと先方を窺ってみた。そうしたら相手もまたこちらを見ていた。
「……」目が、合って、いる。
視線の先に佇んでいたのは、nameの想像をはるかに上回っていた。
それはまだ幼い、小さな訪問者だったのである。

彼は恐れる様子を一切見せずにnameの傍へと歩み寄った。驚いたnameは腰が引けたまま後退するが、機械と壁の間に挟まれていたために不可能に終わる。迷いのない足取りはnameの嫌な想像をかきたて、吐き気を催すほどの鼓動を引き起こした。冷や汗が止まらない。「…まって、まって。とまって。おねがい」懇願すれば、相手は意外と聞き分けがいいらしい。ぴたりとその場に静止した。自分で言っておきながらまさか本当に従ってくれるとは思っていなかったnameは、この状況に面食らう。そして困惑した。どうしたらいいのだろう、と。

「…ここへ来たということは、あなたはAlphysの…」

とりあえず確認するように問うと、相手はこくりと頷いた。ようやく確信を得たnameは脱力する。あのAlphysが選んだ人物ならば、彼は危惧する必要のない者であるということ。安心感を抱いたのだ。「…そう。それなら、Alphysのことを受け止めてあげてほしい。…彼女は素敵なモンスターだよ。こんなわたしのことを助けてくれたの」真ラボの細部まで調べ上げれば、Alphysの抱えていたものが明らかになる。許容する者。非難する者。様々いるであろうが彼なら心配に及ばないだろうと思った。
「…奥に行けば行くほど、たぶん…色々思うことがあるかもしれないけれど…。それでも、あなたなら大丈夫な気がする。だって、Alphysが決めたんだもの」そこまで言うと、nameは膝に顔を埋めて視界から彼を追い出してしまう。

しんと静まり返っている空気が耳に痛い。なんだか常より静かだった。
そろそろ奥へ進んだかな。そう考えてやや顔を上げれば、彼は手を伸ばせば触れられそうな距離まで近づいてきており、ぎょっとした。「え、え、どうして」nameには、なぜ彼が近づいてきたのか不思議で堪らなかった。彼が真ラボに辿りついたのはAlphysのためだと断言できるからだ。自分なんかを相手にする時間など彼にはないのに。すべてはAlphysの決断。彼女が本当の自分を知ってもらおうとした決意だ。それが彼の原動力のはず。

「…あなた、もしかして、わたしからAlphysのことを訊こうとしてるの?…だとしたら、それはあまりおすすめしないかな…」

自分の目で見て確かめた方が彼女のためになる。考えを巡らせそう口にしてみるも、目の前の彼は首を左右に振った。どうやらハズレらしい。
「…う、うーん…」nameは途方に暮れている。

唐突に、彼はここに辿りつくまでの経緯を教えてくれた。つらつらと口を衝いて出てくる友だちになったというモンスターの名前は、数が多すぎてnameには覚えきれないくらいだった。自分とは正反対の様子に感心していると、目の前に小さな手が差し伸べられる。何をしたいのかわからず、nameの視線は彼の手と顔を行ったり来たりだ。
きみとも友だちになりたい。その言葉を耳にしたnameは放心した。驚愕した。愕然とした。頭が真っ白になった。あまりの表情をしていたのか、彼はくすくすと小さく笑う。「い、いま。友だちになりたいって。…そう言ったの」彼は頷いた。「わたしと、友だちに?」彼は“そうだよ”と言った。「…ゆ、ゆめみたい…」抜け殻のようになっていると、手を取られる。

「誰かにそう言ってもらえたの、初めて」

nameに友達と呼べる存在は少ないし、そもそもその友達のつくり方すら割と最近まで知らなかったくらいだ。知ったところでなかなか実行できない原因はさておき。
AlphysやMettatonとは生活を送るなかで徐々に親密になっていった関係だが、それの始まりは何も“友達になろう”と宣言したから開始されたわけではない。長く付き合っていく内に自然ともたらされた結果だ。
だからこそ友達を欲していたnameにとって、彼の発言は衝撃的で、そして感動的なものだった。「どうしよう…あのね、わたし、とっても嬉しい」さすがはAlphysの認めたモンスターだ。nameは夢見心地にそう思った。
破顔しているnameを見つめながら、彼は次に“デートをしよう”と提案する。nameはがつんと殴られたような感覚に陥った。当然そんな経験なんてなかったからである。
だが、nameは悩む様子を見せたものの首をゆっくりと横に振った。

「…ううん。あなたには、今はそれよりもやるべきことがあると思うよ。…Alphysのこと、助けてあげてね」

真剣な面持ちで彼を見つめ、手を放した。「…あ、でも」彼が去る前、せっかくだから今度一緒に出掛けてくれないかとnameが訊ねれば、彼は頷いてから“地上には楽しいところがたくさんあるよ”と言う。

「え。地上?…でも、結界があるのに」

既に歩み始めていた彼は、まごつくnameの方へ一度だけ振り向き、自分が人間であること伝えてから真ラボの奥へと姿を消したのであった。
nameはぽかんと呆けている。全身で感受したのは紛うことなく彼の強い決意だ。

「…人間、だったんだ。彼が」

正体を知ったnameは、存外取り乱していない自分に驚いた。先入観によって苦手意識を持っていたその存在は、どうやら並々ならない強さと優しさを秘めた心を持っているらしい。nameは過去を引きずって生きていることが少しだけ恥ずかしくなった。
彼は真ラボを突破したのちにAsgore王の元へ向かうだろう。そこでふたりは対峙することになるはず。それの意味するところはつまり、ソウルの奪い合いだ。しかし、どうも先ほどの彼の目が。表情が。彼を構成するなにもかもが。nameの脳裏に焼きついて離れてはくれない。きっと大丈夫だと、そう思わせてくれるものを彼は持っていた。何故かはわからない。もしかすると、それが人間という生物なのかもしれなかった。
だからnameは待つことにした。無事に結界が破られたのならばと、その先にある彼との約束を果たせるときに期待しながら。

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