吸血鬼。姿形は一見人間のようでいて、その実態を惟れば決してそうとは言えない種族。人間とモンスターが世界を治めていた時代以前より存在しているが、彼らの生命の起源や外見が人間と類似している所以は定かではない。元々は人間だった生物が何らかの外的要因が加わったのちに変容し吸血鬼になったという説があるも、真相は闇の中である。
元来、その種族は地下世界においても人前に現れることはほとんどなかった。その生活拠点や様式の詳細を知る者も一部のモンスターに限られていた。
ただ、吸血鬼の主食がその名の通り血であることは周知の事実であった。ソウルを持つ者が人間とモンスターに二分されている世の中で、吸血鬼が後者に分類されるのは言うまでもない。だがモンスターという枠組みのなかでも、吸血鬼にとっては他の生物も捕食対象となってしまう。そしてそれは対象と見なされるモンスターの恐怖を呼び起こした。
モンスターは人間の手により地下に封印された。それは吸血鬼も同様である。しかし、戦に敗れた挙句に住み慣れた地を追い出され、モンスター間の雰囲気が最低最悪だった当時だからこそ、発祥をはじめとして不明瞭な点が多数存在した吸血鬼一族に懐疑的な視線が向けられ始めた。初めは小さな亀裂だったが、様々な憶測が飛び交い、それは奇妙な違和感と不気味さを増長させていく。時の流れに比例して噂は歪曲し、真実のなかに虚構が織り交ぜられ肉付けされていった。
“実は人間の協力者だった”。
“地下での虐殺を目論んでいる”。
“見境なく襲いかかってくる”。
根も葉もない噂話に加え生物の血を飲み生きながらえるという特異性に後押しされ、それがさらに互いを疎遠にさせる誘因となった。次第に距離を置かれるようになり、ひいては接触を避けるべき忌むべき対象と結論づけられたのだ。
それが吸血鬼が姿を眩ましながら生活するようになった理由である。

しかし、糾弾され世界の片隅に追いやられた吸血鬼一族も、ただ物静かな生活を送っていたわけではない。吸血対象がいないということは、すなわち飢餓状態に直結する。つまるところ彼らは生きるためにも人工的に血液を作る方法を模索し始めたのだ。自らの骨髄を採取し、体外で造血することが可能となるよう試行錯誤を繰り返した。
だが、そう易々と突破できる問題でもなかった。立ちはだかる壁を目の当たりにし、一族は“殺るか殺られるかの世界”と唱え否が応でもモンスターを狩ろうと躍起になる派閥と、“人工血液の完成”の重要性を唱えモンスター間での波風を立てるべきではないという派閥に分裂したのである。そこから徐々に不穏な兆しが見え始めた。
まず吸血鬼の間で争いが起きた。食事を求め吸血衝動に駆られる者が続出し、同族であるにもかかわらず互いを貪る輩が出現した。長期に渡る空腹で、みな理性など残っていない。腹を満たすことだけに噛みつき、嬲り、蹂躙し、血を啜った。自分の身体が傷つけられていることも顧みずに。
吸血鬼一族は、水面下で滅亡の危機に瀕していたのだ。

ここで、吸血鬼間での自滅的惨劇が引き起こされる数ヶ月前へ話は遡る。
地下世界の王であるAsgoreのもとにひとりの科学者が訪問した。その科学者───Alphysは、ソウルを持つロボットを作るという前代未聞の功績をあげたモンスターである。彼女は訪問後その実力を見込まれ、王直属の科学者となった。
Alphysが王立科学者となってまもなく、Asgore王からふたつの申し出を受けた。ひとつはソウルの原理に関する研究をすること。もうひとつは人工血液を製造すること。異なることを同時進行することは骨の折れる作業に違いないが、どうか頼まれてくれないかと、ひとのよさげな面持ちで言われてしまえば、それはAlphysの背を押す要素としかならなかった。
Asgore王自身、地下世界を統べる身である以上、地下の情勢については理解しているつもりであった。ゆえに彼は吸血鬼が人工血液の製造に四苦八苦していたことにも勘付いていた。しかしながら科学に精通しているわけでもない彼が介入したところで研究が進展するはずがないし、かといってその方法以外で窮地に立っている彼らを救う術も見いだせず、頭を抱える日々を送っていたのである。それにAsgore王は心優しいが優柔不断であることが玉に瑕の男であった。
Asgore王は極力穏便に、そしてみなが平和な生活を送ることを望んでいた。だからこそ自ら考案したとはいえ人間のソウルを集め結界を破壊することに対し抵抗を感じていたし、かといって民に希望を与えるためにもその案を撤回するわけにもいかなかった。
Asgore王は八方塞がりだった。何を取捨選択し何を行動に移すのが正しいのか分からなかった。
そしてどのように指揮すれば地下世界の安寧は守られるのか、思案に暮れているさなかでのAlphysの訪問である。まるで図ったかのような好機に、Asgore王はとりあえず彼女に一策の一助となってくれないかと依頼したのだ。

AlphysがAsgore王の依頼を受けた数ヶ月後。ついに人工血液の製造に成功した。彼女がそのことを報告すると、Asgore王は大急ぎで吸血鬼の住みかとなっている場所へ向かった。だが、その先にはあまりに無残な光景が広がっていた。
嗅覚を刺激する鉄錆臭。ほとんど光の入らない建物のなかに足を踏み入れれば、足底がべたついて随分と歩きにくい。すると突然うしろについてきていたAlphysが叫び声をあげた。
そこには死があった。
辺り一面に鎮座する灰塵の山は、モンスターの生々しい最期を突き付けてきた。空中に舞う粒子が微々たる光を拾ってはきらきらと反射し、奇妙な美しさを醸成していることがおぞましさを強調させている。

「あ、あ…Asgore王…ど、どうしましょう、これ…?」

がたがたと身体を震わせながらAlphysが言う。返答はない。再度王の名を口にしようとしたとき、「Alphys、君にはあれが何に見えるだろうか?」との声に遮られる。そして指さされた方向に恐る恐る視線を移せば、そこには身体全体に灰塵をかぶらせ、もぞもぞと身じろぎをしている黒い影が。「…え、えー…吸血鬼。ですかね。生きてる吸血鬼…」口に手を当て、嫌な汗をかきながらAlphysがそう答えた次の瞬間。その影がAsgore王に目にもとまらぬ速さで飛びかかった。
Alphysは思わず両手で顔を覆った。最悪の事態となることが脳裏をよぎったからだ。しかしいくら待てども叫び声のひとつも上がらず、それどころかAsgore王の「この子に研究成果の提供をしよう」という場違いにのほほんとした発言が投下される。怖怖現状を確認してみれば、そこにはいつのまにか気絶していた吸血鬼を抱えているAsgore王の姿があった。Alphysはここで、Asgore王の王たる強さをその心に刻んだ。

「え、えーと、Asgore王?この子…彼女は、どうするんです?」
「Alphys、君のラボで匿ってあげてくれないかな」
「そ、そうですね、それがいいですよね、…やっぱり」
「大丈夫だ。きっとうまくいく」
「だといいんですけど…」
「…せめてモンスター同士では良好な関係を築きたいと思っていたけど、口先だけではなんとでも言えるね。この有様がすべてを物語ってる」
「そんな」
「いいんだ。…戦は民を荒ませる。私達には色々ありすぎた。みんな追いつめられすぎたんだ。せめてこの命を前向きに捉えよう」

結局、惨劇のなか生き延びたひとりの吸血鬼は、人工血液を製造する機械の都合上Alphysのラボに引き取られる運びとなり、そこからAlphysとMettaton、そしてnameの関係が開始したのだった。

真ラボの一角。そこがnameに与えられた新しい居住スペースである。本来吸血鬼は薄暗い場所を好む種族であるため、この場所が最適だとAlphysが判断したのだ。というのは建前で、実のところ彼女は真ラボにnameを置くことで自身の安全を確保しようとした。
吸血鬼に関する情報は多くはない。それゆえにラボで匿うことを了承したのはいいものの、いつ自分が襲われるかもわからない。人工血液の製造に成功したとはいっても、本当に効き目があるのかもわからない。
つまりAlphysは自分に自信がなかったし、素性の知れないnameのことも恐れていた。まして吸血鬼の住みかに足を運んだとき、Asgore王に飛びかかったのをその目で見たのだから当然と言えば当然だ。
しかし、ひとりの生物の命を一任された以上死なれても困る。それは王直属科学者の沽券にかかわることだ。よって、AlphysはMettatonにnameの様子を確認してもらえないかお願いしてみた。彼ならば超合金性の身体を持っているため吸血される心配がなかったからである。
Mettatonはふたつ返事で了承した。彼は彼で今の自分の身体を作ってくれたAlphysに恩義を感じていたし、自分が彼女の力になれるのならばと喜んで引き受けたのだ。それにMettatonには確固たる自信もあった。地下世界のスターである自分ならばうまくいくという絶対的とも言える自負があった。
実際、Alphysの計画通りに事は運ばれた。Mettatonがnameに会いに行って破壊された試しはなく人工血液の効果も良好、それどころか意思疎通まで図れたというのだから。そして彼には付き合いのなかで確かに言及できることがあった。
曰く、彼女は友好的であったと。
曰く、しかし彼女は外界と接触するつもりはないと。
Alphysは複雑な気持ちになった。友好的でありながらも外との関わりの一切を遮断する理由は嫌でも想像がついた。ただ、そればかりはAlphysひとりの力でどうこうできる問題でもなく、彼女はMettatonの言葉に頷きを返すことしかできない。

nameが真ラボでの生活を送るようになり、長い時間が経った。真ラボではAlphysも研究を継続していたが、その間彼女がnameからなんらかの干渉を受けることはなく、それがAlphysの警戒心を解くきっかけとなる。
しかし、今さら接触を試むのも気が引けた。状態観察はMettatonに任せきりだったというのに、安全が保障されたのを確認できた途端にのこのこと顔を出すのは体裁的にどうなのかと考えたのだ。「ああ…どうしましょ…」その結果、nameのいる部屋付近で右往左往する日々が続いた。のだが、それはある日彼女の意思に反して終止符を打たれる。
名を呼ばれたのだ。部屋の中から、自身の名を呼ぶ声が聞こえた。まさか向こうから行動に移してくるとは露も思わず、身体が硬直する。
やがて部屋から顔を覗かせたnameは、所在なさげに立ち尽くす彼女の姿を見て恐る恐る口にした。「…Alphys?」それにうまく声が出ず何度も頷き肯定の意を表せば、nameはほっと胸をなでおろし、顔をほころばせて「ようやく会えた」と言う。
念には念をとAlphysから距離を取り、nameは続けた。

「全部聞いたの。Mettatonに。…あなたが、Alphysがしてくれたこと、全部」
「そ、そうなの。…」
「その、ね。…ありがとうって。それだけが言いたかった。…あなたは、迷惑に思うかもしれないけれど…」
「……」
「…自分から会いに行ったら、怖がらせてしまうと思って。お礼を言うのに時間がかかってしまってごめんなさい」

Alphysは、ふたりの間に必要以上に確保されている距離が、やけに物悲しいと思った。
気がつけば、言うだけ言って再び部屋に閉じこもろうとするnameを引き留めていた。「ま、待って!」咄嗟の判断で何を伝えるつもりでいるのか考えはない。だがここで一歩前進しなければ後悔する気がしたのだ。

「あ、あなた、あの、漫画って読む方?」

目をまん丸に見開いているnameに構わずAlphysは話す。彼女には誰かとの距離を縮めるにはこの話題しか思いつかなかった。
息継ぎも忘れて布教に勤しむ相手の姿を、nameは呆けた様子で見つめている。ぽかんと開けられた口からは鋭利な歯牙が顔を出しているが、不思議と今のAlphysには恐怖心が湧いてこなかった。
ひと思いに萌えを吐き出していたAlphysは、置いてきぼりを食らっているようなnameを目にして我に返る。彼女の言葉はやがて尻すぼみになっていき、そしてとうとう途切れた。辺りはなんとも言えない沈黙に包まれている。
「…あの、Alphys?」申し訳なさそうに口火を切ったのはnameだった。

「わたし、マンガってなんなのかわからなくて」
「え、」
「ごめんなさい。…でも、Alphysの話を聞いて、面白いものだということは伝わってきたよ。とてもね」
「そ、それなら、どう?読んでみない?」
「読むということは、活字本なの?」
「いいえ、それとはちょっと違うんだけど…まあ、読んでみればわかるわ。貸してあげるわね」
「わたしに?…い、いいの?」
「もちろん。同志が増えるのは大歓迎だから」
「…同志…?」

nameはAlphysの言葉に疑問を感じながらも漫画本を借りるという約束を結び、これを契機にふたりは急接近することとなったのである。

ラボ内という閉鎖的な空間のなかで、三人は少しずつ親交を深めていった。今まで友人というものができたのことのなかったnameにとっては毎日が新鮮で刺激的だった。だからこそ心境に変化が現れる。
nameは次第にラボの外に興味を向けるようになった。友だちがほしいと思うようになったのである。
AlphysやMettatonと話をしていると、どうも彼らには外にも友だちと呼べる人物がいることが窺えた。Mettatonに至っては地下世界のスターであり、ファンクラブなるものまであるそうだ。nameはラボの外でのふたりを知らない。途端にふたりが遠い存在のように感じ、少しだけさみしくなった。
そこで、自分の気持ちを伝えてみたのだ。「外に出てみたい」と。Alphysはその申し出を快諾してくれたが、しかしMettatonには微妙な反応を示され、首をかしげたのはnameの記憶にも新しい。

Mettatonは自負していた。自分がいればnameは生きていけると。nameの傍にいられるのは自分だけだと。
とどのつまり、彼は優越感に浸っていたのだ。自分はnameにとって唯一無二の、特別な存在であると信じていた。

「Alphys。君もnameを止めてよ」
「…それはまた、どうして」
「だって、ほら…nameが外に出れば、危険かもしれないからね」
「“吸血鬼が理性を失うのは長期に渡る飢餓状態によるものである”。過度な空腹で心身に異常をきたすのは、何も吸血鬼に限ったことではない。…結局、吸血鬼は私達となんら大差ないモンスターだった。そのことを立証できたのは、紛れもない───Mettaton、あなたの手伝いのおかげでもあるんだけど。忘れたの?」
「そういうわけじゃないけど」
「それに、nameだって。いつまでもひとりじゃ寂しいと思うけど」
「nameはひとりじゃない!」

僕がいるのにと、珍しく語気を荒げたMettatonをAlphysは驚愕した表情で凝視する。その顔を見てハッとしたのか、彼は一言謝罪を述べ、頭を冷やしてくるとラボを後にした。Alphysは哀愁漂う後ろ姿を見ながら「こ、これって…薄い本が厚くなる展開なのかしら…」と頬を赤くしたのだった。

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