※相変わらず牧野慶の性格がおかしいです。


宮田は総てが気に喰わなかった。

その微笑みも、声も、佇まいも、役職も、総てが。「なまえちゃん」と、どこか悦楽を覚えた声音で彼女の名を呼ぶのも気に入らない。牧野のすること成すこと総てが気に喰わなかった。役職を理由に彼女に近づくことが気に喰わなかった。憎たらしい、憎たらしい。ともすれば殺してしまいたいと、常々そう願っていた。それほど牧野の総てが気に喰わなかった。
不入谷教会を訪ねる。神代家から送られた封書を届けるためである。扉を開ければ当たり前のようになまえもいた。平和に満ちた顔貌。それに苛立つのは己の心。憤りを隠すように口を開く。

「宮田です。神代の遣いで来ました」

真っ正面から牧野を見据える。すると牧野は目を逸らすかと思えば、真っ向から宮田のことを見つめ返してきた。厭らしく微笑みながら。爽やかなどとは到底言えない、にたりと歪曲した笑みは宮田の憎しみを膨張させる。
知っている。牧野は知っているのだ!宮田が牧野の総てを気に喰わないことを!ひどく優越感に浸っている顔。なんたることだ。神経を逆撫でしてくれるではないか!
ギリ、と歯をくいしばると、反して牧野の口角は更につり上がる。それの憎たらしさといったら!宮田は怒りのあまり、取り出した封書を皺がつくくらい力を込めて掴んでいた。

「───確かに」

凛とした声。牧野はどこか飄々とした雰囲気を醸し出していた。余裕を見せつけられているようで、それがさらに焦燥と憤怒、さらには憎悪を助長させる。優勢に立っているつもりなのかと。
「宮田先生、こんにちは」おもむろに、何も知らぬ顔でなまえは挨拶をしてくる。視線を移して挨拶を返せば、にっこりとした屈託のない笑顔が返された。
「今日もこちらにおられたんですね」皮肉を込めてそう言うも、なまえは気づかずにのんびりと「そうなんです」と言う。それに余計に苛立った。

「貴女の居場所は教会しかないのですか」
「そ、そんなことはないですけど……」
「ではなぜ。俺が教会を訪ねるといつだって必ず貴女もいる」
「牧野さんと約束したんです。宮田先生の仕事を邪魔しちゃだめだって」

なんということだ!牧野はなまえが宮田と関わらないよう手引きをしていたのだ!手のひらの上で転がされている事実に宮田は腸が煮えくりかえる思いだった。激情が脳内を支配する。思考が蝕まれる。胸の内がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる。
「……そうですか」やっとの思いで絞り出した声は、憎しみのあまり些か震えていた。

「医院には、いつも患者さんがいっぱいいるのを見ますから」

困ったようにそう言ったなまえの様相は無垢でかわいらしい。牧野の陽動さえなければそれこそ微笑ましいと思うのだろうが、今は状況が状況だ。宮田は苦虫を噛み潰したような気分になる。

「大変なお仕事ですよね。顔を出そうって思っても、忙しそうなので」
「……何時も忙しいというわけではありませんよ。もしよければ、今度───」

彼女の言葉に、表情は変わらずとも少なからず高揚した宮田は言葉を発するが、言い切る前に横から言葉が挟まれた。

「なまえちゃん。やめておいた方がいいですよ。私と共にいましょう?」

あくまで穏便に。そして細やかに。牧野は宮田の言葉を一刀両断してみせた。見事なまでの切れ味に、宮田は唇を噛む。
───ふざけるな。ふざけてくれるな、と。“私と共にいましょう”?どこまでなまえを支配すれば気が済むのだ!
「やっぱりやめておいた方がいいですよね……」頷くなまえを今すぐにでも攫ってしまいたかった。牧野の言うことを間に受けては駄目だと、放たれた言葉総てを信じては駄目だと。けれども言葉は出てこない。それより先に牧野が口を開いてしまったから。
「宮田さん。そろそろお仕事に戻られた方がいいのではないですか?」極めて冷静にそう言われる。宮田の気も知らずに───否、知っている上で放たれた言葉なのだ。宮田の眉根が寄る。

「まるで邪魔だと言っているように聞こえますね」
「まさか。私は宮田さんのお仕事のことを案じているだけですよ」
「牧野さんはいつも嘘ばかりだ」
「私がいつ嘘を言いましたか?」
「……」

素知らぬふりが上手いものだ。宮田は嘲笑を浮かべる。本性を出すことができないのだ。なまえがいるから。なまえの前では。首根っこを掴むもするりと抜け出すのが上手いのだ、この牧野という男は。
しかし、確かに戻らねばならない時間が迫っているのもまた事実。今日も強制的に白旗を立たされるのか。いつもそうだ。牧野はいつも、そうなのだ。
宮田の胸中は復讐心に燃える。だが、今はまだだ。今はまだその時ではない。そう言い聞かせ心を落ち着かせる。いつか必ず条件が揃う時がくる。今はまだ。まだ機は熟していない。時がきたら存分に復讐してみせようではないか!
宮田は声を絞り出して言った。

「……儀式のご成功を、お祈り申し上げます」


漫ろに、虚脱


宮田は総てが気に喰わなかった。

190313


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