※いろいろひどい青年


本当はここに来たくなかった。思い出されるのはあのダッサイ服。ドラゴン使いの象徴とも言えるコスチューム。オエェ…。
過去の話だ。かれこれ十年と少し前、僕はこのフスベを去った。ここに暮らす者達は皆、ドラゴン使いとして生きることを強要される。しかしそれはつまり、あのこっぱずかし〜い服を常日頃身につけることを意味するのだ。僕はそんなの勘弁だった。だから逃げた。
だがどうやら僕にはドラゴン使いとしての実力がそこそこあったらしく、「コスチュームが嫌なのでドラゴン使いにはなりたくないです」と素直にそう言ったら、長老は「聖なるドラゴン使いを冒涜するでないァア」と、かんっかんに怒り狂ったのである。バチィン!と派手な音を上げるくらい容赦ないビンタまで食らった。い、いてぇ…思い出したら左頬がヒリヒリするような気がする。けどまぁ、その一撃によって僕の決心は確固たるものになり、その翌日と言わずりゅうのあなから出て家に帰った後に必要最低限の物をもってフスベを飛び出したのであった。
ところで。僕には二人、幼い頃からつるんでいた友人がいる(とは言っても、今となっては疎遠になっている。当たり前だ、だって連絡手段がない)。一人はここ、ジョウトと更にはカントーのチャンピオンにまで上りつめたんだってさ。昔から抜きんでた実力を持っていた奴だから、大して驚きはしない。ただもう一人の方は、にわかに信じがたい。なぜなら彼女は、言ってしまえば僕より弱かったからだ。そんな人間が、今やジムリーダーに就任していると。本当かよ。

「……タツばあさん、ありがとう」

僕は今、シンオウに暮らしている。それなのに何故、ジョウトという遠い地方、加えて逃げ出す程の故郷───フスベシティを訪ねているのかというと、ドラゴンタイプの技である“りゅうせいぐん”を伝授してくれるタツばあさんがここに帰郷しており、210番道路のあの家がもぬけの殻になっていたからだ…。あっちで空っぽになった家を見た時は暫く放心していた。じゃあタツばあさんが戻ってきたらいいか、と独り言を言って回れ右をしたら、すかしたダッサイ恰好をしたドラゴン使いが「タツばあさんは当分帰ってこないぜ」とすかした口調で言うものだから、ガブリアスでけちょんけちょんにしてやった。目があったらポケモンバトル。これは基本中の基本。
しかし僕も引けやしない。
本来はホウエンに温泉旅行目的で出かけたのだ。ところが旅先で、なぜかラティオスが突撃してきた───腰についていた空きのモンスターボールへと。タックルをかまされるのかと防御態勢を取ると、来るはずの衝撃はいつまでたっても僕を襲うことはなく、手持ちが増えていたのだ。訳が解らなかった。ラティオスは自分の意志で僕の手持ちとなったのである。訳が分からなかった。そしてその後、ラティオスと仲が良かったらしいラティアスがまるでラティオスを返してくれと言わんばかりに泣きついて来て、いやこれ僕のせいじゃないだろ…と、そう思っていたらラティアスまでもが手持ちに加わっていた。…訳が分からなかった。
僕はドラゴンタイプのポケモンに好かれやすい体質のようなのだ。これもきっと、フスベで生まれたせいに違いない。だけど僕自身、ドラゴンタイプは嫌いではなく、寧ろ好きな方に分類される方だろう。…やっぱり僕は、腐ってもフスベの人間なのだった。でもドラゴン使いになるのは嫌だから、手持ちを全てドラゴンタイプにすることはない。
話がずれてしまったが、とにかく。僕はそのホウエンでゲット(?)したラティオスにりゅうせいぐんを覚えさせ、一刻も早くバトルで活躍させたいと考えていたのである。ラティアスは戦うことが嫌いなようだから、バトルはさせずに癒し要因として頑張ってもらっている。

そして無事にタツばあさんからりゅうせいぐんを覚えさせてもらい、家を出た。約十年ぶりのフスベは、あまり変わっていない。あの時僕を叱り殴った長老はりゅうのあなの祠に籠っているし、少しくらいフラフラしても誰にも咎められないだろう。そもそも、こんな僕を覚えているであろう人間は既に旅に出ている年齢に達しているので、もはやここは安全圏に違いなかった。ただ、この雰囲気はどうしても長老の顔を連想させるし、それだけで顔を顰めるほどにはいい思い出がなくなってしまっている。それが故郷とか、悲しいったらない。
丁度お昼時なので、ポケモンセンターへ向かおう。トレーナーカードは全国共通で使えるから大変助かるというものだ。
そしてフレンドリィショップの入口を横切る、ウィーンと自動ドアが開く。僕に反応したのではない、中から出てきた人間に反応したのだ。ドンッ、と身体の左側に小さな衝撃。視界で水色が揺れる。…驚きで目を丸くするその女性は、やけに誰かと酷似していた。

「…どーも、スミマセン」
「……いえ」

彼女が身体に纏うマント。ドラゴン使いであることを表わしている、が、うーん。やっぱりダサイな…。なあんて口にするほど、僕は失礼な人間じゃあない。ぶつかってしまったことに謝罪し、すっからかんになった腹を満たすためにポケモンセンターへ再び足を進める。「…待ちなさいよ、貴方。貴方もしかして……!」僕の記憶はおかしくなっていなかった。彼女は、イブキのようだ。

「いっ、い、今までどこに……!!」
「あんまりギャンギャン叫ぶなよ。長老を呼ばれたらどうなることか」
「だだだって、わ、私っ!死んだのかと思ってたのよ!?」
「…はぁ?し、失礼な奴だな、君は!」
「ちょっとした家出だと信じてたのに!なのにこんな、こんな…十年も帰ってこないからぁ!!」
「な、なんで泣くんだ…やめてくれ…人が…」

激昂したと思ったら、次はギャンギャン泣き出した。これはまずい。ダラリと嫌な汗をかきながら周りを探るように見てみると、案の定注目を浴びている。仕方なしに僕はイブキの手を引っ張って、ポケモンセンターの一室を借りてそこに逃げ込んだ。どうしてこんなことに。

「ぐすっ…ずず……」
「……ティッシュ、はい」
「……」

部屋にあった箱ティッシュを渡すと無言で奪われるように取られた。何だよ…僕が悪いみたいじゃないか。イブキの鼻をかむ音が響く中、僕は椅子に腰かけた。空腹の余り低下した体力を、これ以上消耗する訳にはいかない。
あ、腹鳴りそう。こんなシリアスっぽい雰囲気にグウとかいうふざけた音が起こってしまったら空気を読めないにもほどがあるってもんだ。腹筋に力を込めると、イブキが鼻声で話す。「今までどこに行ってたのよ」ハハ、鼻が赤くなってら。

「シンオウ」
「…なんで。どうして、何も言ってくれなかったの」
「……」

そう訊ねられて、口を閉じた。あの時は僕も、長老にぶん殴られて頭に血が上って、こんな所今すぐにでも出て行ってやる!って気持ちしかなかったからな。だからイブキにも、…そういえばワタルにも言ってなかった。当時の僕はまだまだ子供だったし、そこまで気も回らなかったのだろう。

「…何よ、黙っちゃって。言えない理由でもあるの!?」
「いや別に…」
「ならさっさと言いなさいよ!」

この十年ちょっとで、イブキは随分と煩い女に成長したようだ。

「ドラゴン使いのコスチュームがあるだろ」
「…ああ、これ?私も着てるわ。素敵よね」
「それがダサくて着たくなかった。だから出て行った。それだけ」
「……えっ?だ、ダサ……?なに?」
「ダサくて着たくなかった」

聞こえていなかったようなのでもう一度繰り返すと、イブキは乾き始めていた眼球を再度ジワジワと濡らし、泣き始めた。勘弁してくれ。ダサイってひどい…そんな嘆きが聞こえたけど、だって僕はそう思ってしまうのだから仕方がないだろ。

「ま、まぁ、ほら。美的センスは人それぞれだよ」
「うええん」
「……そうだ、腹減ってない?僕が奢ってあげよう」
「うあああん」

参った。でも僕は腹が減ってどうしようもなかったので、部屋に設置された電話を取ってサンドイッチとコーヒーを頼んだ。凄い勢いで体内の水分を垂れ流しているイブキの分の茶も、一応。
ポケモンセンターの食事は出来上がりが早いが味もうまい。注文をした数分後にはラッキーが来て、テーブルに品を並べてくれる。「ありがとう」と礼を言ったら、ラッキーは僕を見て、それからぐすぐすと鼻をすするイブキをみて、もう一度僕を見た。言葉こそ放ちはしなかったが、その黒い目はどこか僕を責めているように見えた。何とも言い難い気持ちになった。
そしてラッキーが静かに立ち去り、再び部屋には僕とイブキだけになる。ただ、空腹はどうしようもないので、僕はイブキをほうっておいてサンドイッチを食べる。うまい。

「…っなに、普通に、食べちゃってるのよ!」
「ん?…悪い、食べたかった?」
「そういう意味じゃなくて!…目の前で女の子が、泣いてるのに」
「それくらい喋ることができるんなら、大丈夫じゃない」

そう言ったら、イブキは黙り、俯く。「……私だけだったのね」独り言だと思ったので、何が、とは聞かなかった。
存分に泣いて満足したのか、今のイブキは幾分スッキリした顔をしている。正直な話、どうして彼女があそこまで大泣きしたのかは分からないけど、こういう時の対処スキルは皆無だったから助かる。
モグモグ、と咀嚼する口を止めないで目の前の水色を何気なく見つめていると、パッと顔を上げたイブキと目があった。こうしてみると、やっぱり十年とは中々に長いんだな。うっすらと記憶に残っている彼女は、当たり前だけどこうまでも大人っぽくなかった。…逆に言えば、僕も大人になっているってことか。もし僕が街のどこかで彼女とすれ違っていても、気がつくとは思えない。さっきのぶつかった一瞬のうちに、イブキはよく気がついたよなぁ。

「………いつまで見てるのよ」

目を逸らされた。また泣かれても困るので、悪い、と謝っておいた。

「…フスベには、どれくらいいる予定?」
「もう帰るけど」
「そう、もう帰るの。……帰る!?ど、どこに!」
「シンオウに住んでいるって言ったろ」
「ど、どうして?もう少しゆっくりしていったらいいじゃない」
「もう目的は果たしたから。それに長く滞在して長老に会った時のことを考えるとさ。しんでしまう」
「……」
「…ああそうだ、これあげるよ。シンオウにしかない食べ物。もりのヨウカン」

本当はここに来るまでの空の旅で、休憩時にでも食べようと思っていたものだ。でもポケモンの頑張りで予定よりも早くジョウトに上陸できたので、食べる機会はなくなってしまった。今ここでイブキに渡せばお土産みたいな体にもできるし、悪くない。
腰のポーチから紫色の箱を取り出す。変な凹みもないし、中身は問題ないだろう。ん、とイブキの目の前に置く。ありがとうとは言われなかった。

「…シンオウに帰ったら、どうせ連絡の一つもよこさないつもりでしょう」
「仕方ないから私のポケギアの番号、教えてあげるわ!」
「た、たまになら、電話してあげてもいいけど!」

矢継ぎ早にそう言われた。口を開くことを許されないとは。イブキの瞳は“いいからさっさと番号交換しろよオラァ”と言っている。

「シンオウじゃポケギアは使えない。そもそも僕は、ポケギアを持っていないよ」
「そ、そう……。じゃあ、住所を教えなさいよ。手紙くらいなら、たまにだけど書いてあげなくもないわよ」
「手紙?う〜ん…悪いけど、それは面倒だな…ほら、僕は基本面倒くさがりだろ」
「……。私、チルタリスもカイリューも持ってるの。だから、直接会いに行くこともできるけど?」
「へぇ、チルタリス…。カイリューはワタルの真似?そういうとこ、昔から変わってないんだ。…そういえばワタルに勝つって奮闘してたけど、そこら辺は?」
「ま、まだよ。だって、ワタル兄さんはチャンピオンになるくらいの実力者だし……勿論、修行は欠かしていないわ。ジムリーダーも務めてるから。……そんなことより、話を逸ら」
「ジムリーダーだって!?あ、あの話は本当だったのか……」

昔はワタルにも僕にも勝てなくて、顔を真っ赤にして悔しがっていたというのに。妹が成長した感覚というのは、こんな感じなのだろうか。

「強くなったんだなぁ」

感嘆の声を上げると、イブキは照れたのか顔を赤くして「やめてよ、」と言ったけど、迫力はゼロ。
そうこう話している内にサンドイッチを食べ終えたので、少しぬるくなったコーヒーを飲む。これを飲んで、あとは帰ろう。でも帰りも空を飛ぶのは、ちょっと億劫だな。ボックスにテレポートを覚えたポケモン、いただろうか…。ボックスの中身を思い返していると、イブキの目が何か言いたげに揺らいでいる。特に促しもせず彼女の様子を眺めてみる。パクパクと開いた口が言葉を話そうと開かれは閉じ、開かれは閉じ。コイキングみたいだ。ぷふ、と笑いを押し殺す。
…よし、コーヒーも全て飲んだ。あとはそうだ、イブキが話そうとしていることを待って、それが終わってからパソコンを弄りに行こう。
とうとう決心がついたらしいイブキは、両手に握り拳をつくって、ぎゅうっと目を瞑り───ポケナビが、鳴った。

「……」
「……なんか鳴ってるけど」
「…し、知ってるわよ……」
「出た方がいいんじゃない」
「…それも、知ってる……」

何だよ、僕が何をしたって言うんだ。イブキは半泣きでポケナビを起動し、通話相手の話に耳を傾け始める。…成る程。途切れ途切れに漏れて聞こえる単語から察して、ポケモンジムに戻ってこいと。確かに今になって疑問に思うけど、なぜあの時イブキはフレンドリィショップにいたのだろうか。ジムリーダーをしているのなら、真昼間のこの時間帯なら普通ジムにいるはずなのに。

「…ジムリーダーにだって、お昼休憩くらいあるわよ」
「あ、ああ。そう」
「…私戻らないと」
「ああ、そう。じゃあね」
「……も、もしよかったらシンオウに帰る前に、ジムに挑戦していかない?」
「ジム?」

ポケモンジム挑むだなんて、何て懐かしい響きだ。僕はフスベを去ってから、長老が後を追ってくるかも知れないという恐怖に捕らわれ、さっさとジョウトから出て行ってしまったので、この地方のジムには一つも挑戦したことがなかった。…面白そうだ。
バトルは好きだ。自分で考え抜いたバランスにポケモンを鍛え、拘りの技を覚えさせ、勝利を求める。その工程に、堪らなく興奮するから。

「いいね、行ってみよう。ジムならバトルは建物の中でやるだろうし…うん、見つかりはしないだろ」

それにジムリーダーは、強くなったイブキときた。僕の思い出では、任されて悔し泣きする彼女の姿しか思い浮かばない。彼女が昔と比較して、どれくらい強くなったのか。強い相手と戦えるのは嬉しいし、どうしようもなく、滾る。
イブキは自分で言ったことにもかかわらず、目をパチパチと瞬きさせていた。「イブキ?」声をかけるとハッとしたように立ち上がり、「じゃ、じゃあ私、待ってるわよ!」と言って足早に部屋から立ち去った。テーブルに置いておいたもりのヨウカンも、きちんと持って行ってくれた。ありがとうと言われなかったから苦手なのかと思っていたけど、大丈夫だったみたいだ。

さて。そうなると手持ちのポケモンをどうするか。空になった皿を返却スペースに戻し、部屋を出る。いつも変わらない笑顔を浮かべるジョーイさんのすぐ近くに設置されたパソコンに近づいた。

「なまえさんですか?」
「えっ?…ああ、はい。そうです」
「シンオウのリーグ運営会社から、お電話がきておりますよ」
「リーグ?…シロナさんか」

リーグからって。いち人間が公共の場に電話を繋ぐって。チャンピオンの権力をこんな風に使うとは、シロナさんらしいというか何というか。いいのかこんなんで。
僕はひとまずパソコンを起動するのを断念し、ジョーイさんに導かれるままにテレビ電話の前に立った。ぺこ、と頭を下げるとジョーイさんは綺麗に微笑んで持ち場へと戻った。やがて画面が明るくなって、そこに現れたのは言うまでもなくシロナさん。すっごいニコニこしてる。なんだ。

「やっほー、なまえくん。そろそろフスベシティに着いた頃だと思って、電話しちゃった!」
「しちゃった、って…その歳でその口調」
「なあに?」
「…要件は何ですか?まさか、お土産が欲しいとか言いませんよね」
「まさか!そんなの全然いいわよぉ…ア、でもなまえくんがどうしても買いたいって言うのなら、楽しみにしてるわ」
「(それはつまり)はあ、それで」
「…もうっ!バトル以外のことだと、いつもそうなんだから。もっと」
「それで」
「ぶう〜」

いい年してシロナさんはこうだから疲れる。黙っていれば綺麗なのに。黙っていれば。

「なまえくんの顔が見たくなった、って言ったら?」
「……シロナさん、いいですか、僕は今途方もなく疲れている。何故だか分かりますか?当然分かりますよね?…そう、フスベに来ているからですよ。僕は言っただろう、貴女に。どうして故郷を好く思っていないか。これ以上ふざけたことを言うと」
「ごめん、ごめん。そんなに怒らなくたっていいじゃない。気の短い男はモテないわよ?」
「……」
「本題に入らせてもらうけれど、…なまえくんの楽しみにしていたバトルフロンティア。完成したって」
「!」
「ずっと楽しみにしていたでしょう?だから、教えてあげた方がいいのかなってね。…りゅうせいぐんは覚えさせられたのかしら?」
「勿論。すぐ戻ります」
「なまえくんテレポートを覚えたポケモン、持ってた?よかったら転送してあげるけど」
「お願いします」
「これで貸し一つよ?」
「……」

満面の笑みにイラつく心を落ち着け、腰のポーチに何かあるかを探すと、フエンせんべいと思しきものが出てきた。粉々になりすぎて最早フエンの粉になっているけど。……。
「じゃあ、送るわね〜」シロナさんの声とほぼ同時に、転送装置、からまばゆい光が広がる。次の瞬間には、モンスターボールがあった。中身は…サーナイトだ。シロナさんは遺跡が大好きなようで、移動を楽にするためにテレポートを覚えさせたポケモンがいると聞いていた。う〜ん、僕もそうしようかな…。モンスターボールを取って、ポケモンセンターから出る。

「頼むよ、サーナイト」
 
ボールから出してそう言うと、サーナイトは鳴き声を上げてから僕の肩に緑色の手を置き、グラリと地面が揺れた一瞬ののちにシンオウに、できたてほやほやのバトルフロンティアの真ん前に到着。それにしても寒い。僕は半そでだ。…バトルをすればどっちみち、暑くなるから少しの辛抱だ。

「おかえり、なまえくん」
「…どうも。助かりました。寒いし早くバトルしたいし僕は早速向かいますけど、シロナさんリーグはどうしたんです」

サーナイトにも礼を言ってモンスターボールに戻し、シロナさんに手渡した。彼女はそれを受け取り、「四天王の皆に負けないでねって頼んできちゃった」と、はあとマークをつきで教えてくれた。…いまのリーグはいつもより何倍も何十倍も恐ろしいことになっているのだろう。哀れな挑戦者たちの姿を思い浮かべる。

「だって、挑戦したいじゃない?」
「はあ。…あ、そうだ。さっきのサーナイトの借り、忘れないうちに返しておきます」
「さっすがなまえくん!……?何、これ?」
「フエンせんべいです」
「せ、せんべい?粉の間違いでしょう?」
「……というのは冗談で、こちらの罅一つ入っていない方を差し上げます」
「…なまえくんの冗談って、とっても分かりにくいね」

流石に粉々の食べ物を渡すのは痛む。僕は綺麗な方のフエンせんべいをシロナさんにプレゼントした。
しかしここでいつまでもシロナさんと話している訳にはいかないので、僕は入口に向かおうと足を踏み出した……って、あ。

イブキとの約束、すっぽぬけてた。

150109

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