「罪人の名は…―」


雲一つとない、透き通った蒼が支配する空の下。
天候とは裏腹に、大地では残酷なる死の天秤が罪人達を裁いて行く。
咎の烙印を押された者達は、生を渇望し狂気めく者、死を目前に泣き叫ぶ者、暴れる気力を無くし信託に跪く者と様々な反応を示して居る。
しかし、その中で異彩を放つ者が居た。
生を渇望する事も無く、だが、死への恐怖など微塵も感じさせない。
片目は漆黒の帯に覆われ、見えない。
残された片目、真紅の瞳。
それはただ一点を見詰め、眼光は鋭い。


「罪人1958。前へ」


白衣に身を包む神官が罪人の番号を呼ぶ。
目の前には煌びやかに飾られた豪奢な王座。
其処に堂々と佇むは、神に等しいと崇められる隻眼の王。
罪人は跪く。
他の罪人達とは纏う空気が全く違うこの男。
王の顔が緩む。


「其なた、名は」
「罪人に名など御座いませぬ」
「名を棄てた…と言うことか」


さも可笑しそうに笑う王の姿に、家臣達は戸惑いを隠せない。
おもむろに、王は王座から立ち上がり、罪人に近付く。
その行動に誰もが驚き、ざわめく。


「王よ、何をなさるお積もりか」
「罪人に近付いてはなりませぬ」
「御身が穢れに冒されてしまわれますぞっ…!」


人々は口々に叫ぶ。
だが王は聞き入れず、周囲の叫びも無意味に終わる。
罪人の目の前にふと立ち止まり、不意に剣に手を掛け、鞘から素早く抜き取る。
剣の切っ先は罪人の喉元へ。
しかし、当の本人は寸分も動かず、眼差しは王の片目を射抜く。
その姿を認め、王は口端を吊り上げた。


「其なたは死を恐れないか」
「基、死ぬる運命に生まれて来たこの身。今更何を恐れましょうか」


淡々と呟きにも似た響きで、罪人は語る。
王は堪えきれず、盛大に嗤い声を立てた。
まるで気が触れたかの如く。
驚愕が周囲を支配する。


「生に興味など無く、死に対して恐れを抱か無い。その揺るぎの無い瞳、我は気に入った」


子供が新しい玩具を手に入れた瞬間に似た嬉々とした口調。
人々の顔色は驚愕から絶句へと変貌する。


「王よ…我等が主よっ…気でも触れられたのですか!!」
「罪人を、咎の烙印を押された穢れですぞ…!」
「穢れには制裁を!!神からの天罰を!!」


恐怖と絶望が折り重なる叫びが静寂を切り裂く。
それは雨の激しさにも似た叫び。
少しずつ拡がり始めたそれは罪人を囲み、次第に全てを飲み込んでしまいそうな勢いを孕む。
しかし、次の瞬間。


「静まれ」


低い、冷ややかな響きを込めた一言。
それは王から呟かれた言葉。
しかし、海の波が静かに退くかのように辺りは再び静寂を取り戻す。


「返答を聞こう。其なたは我の片目となり、我の盾となる覚悟はあるか。それとも今直ぐにその命の滅びを望むか」


王が向けた剣。
罪人の喉元に向けていたそれを突然下ろし、剣を罪人の目の前に突き刺す。


「我の騎士となる覚悟が在るならば、剣を取れ、覚悟が無いならば今直ぐにその命を絶てば良い」


その言葉に、罪人は瞠目をする。
しかしそれも一瞬の事。


「王よ、それは戯れでは御座いませぬか」
「我は戯れなど好まぬ。欲しいものは欲しい。それだけの事よ」
「欲深いお方で御座いますな」
「そうだ、我は欲深い。我は欲しいと願ったものは何でも手に入る。だから何も欲しくなどなかったのだ」


だが。


「我は其なたを気に入った。その一つの瞳を失ったとしても、弱まる事を知らない強い光が我は欲しい」


羨望に満ちた王のだ瞳。
罪人は不敬を承知で声を立て笑う。


「貴様っ、王…我等が神にに対して無礼であるぞっ!」
「斬り捨ててしまえっ!!」


王を神と崇める神官達、狂信者とも呼べる彼等は誰の制止も気かず、剣を振り上げ、罪人に襲いかかる。
が、その切っ先は罪人に届かず落ちる、否、落とされた。
無力と化した神官達の目の前には、王の刻印が示された剣。
そして罪人と呼ばれたその男が、立っていた。


「私は、王の片目となり、盾となる。私の身体、命、全てを掛けて王に忠誠を誓いましょうぞ…!」


それは契約にも似た関係。
しかし、隻眼の王と隻眼の騎士。
異彩を放つ二人は、終生、主従であって対等の存在であったと言う。



それから何百年、何千年後と語り継がれた二人の軌跡。
王は神となりて、罪人は英雄となる。






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