ぱりぽり。
音を文字で表すならばそんなものだろう。
実に瑞々しく彩られた緑。
目の前の男は、それを躊躇う事なく口に進め噛み砕く。


「高杉よ」
「何だよ桂さん」
「それは、何だ」
「何って、胡瓜、ですけど」
「それは見れば分かる。何故胡瓜を自棄食いの様にそんな食べておるのだ」


高杉の横にはざるに山盛りに置いてある胡瓜が並べてある。
この時代、胡瓜の内部が、徳川家家紋である葵三葉に似ている為、武士が胡瓜を食べる事は恐れ多い事として、禁忌とされている事を誰もが知っている事実。
しかも、ご丁寧に、高杉が向く方向は東。
それを示す意味を知っていながら、彼の行動に、兎にも角にも桂は問わずにはいれなかった。


「んー…願掛け?」
「………何を願っておるのだ」
「打倒徳川幕府、ってね。俺は徳川をこの胡瓜の様に喰ってやるんですよ」


食べ掛けの胡瓜を東に向けて掲げる。
冗談なのか、それとも本気なのか。
彼の言葉は時折計り知れない程の本気と激しさを持ち合わせている事を、今まで接して来た経験で知っている。
若さ故なのか、それとも生まれついた素質と云うものかは未だ判別は出来ないが、そんな彼だからこそ、命運を共にする事を賭ける事が出来たのかも知れない。


「ほい、桂さん」


想いに更けていると、少し離れた所に座っている高杉から、ぽとりと膝の上に胡瓜を一つ投げられた。
突然の事に少々驚きながら、膝の上に乗った胡瓜に視線を落とす。


「あんたも願掛けしてみたらどうですか」


にやりと悪戯めいた笑みを向ける高杉。
そんな彼の表情を見ると、桂は目を半眼に開き、若干呆れ、口を開く。


「…誰かに知られたら、打ち首ものだぞ」
「死が怖くて戦いなんかやってらんないですよ、ねぇ桂さん?」


まるで挑発するような口調。
身に染みている昔からの教えと、これから辿るであろう道筋。
どちらが大切な事なのかと自分に問い質す。
そして、桂は。


「俺も、徳川を喰らう」


大きくかぶり付き、奥歯で強く噛み締める。
変革者達は、古の仕来たりを壊し、新たなる路を作り上げると心に誓う。





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