世界の全てが憎かった。
幸せな記憶など病で失った右目と共に消え去ったのだとあらゆる事を否定して、内に引き籠った。


「何時までそうして居られるつもりか」
「……」


政宗のその瞳は何処までも昏い。
小十郎はその様子を射抜くかのごとく険しい顔を浮かべながら向け、低く良く通るその声は突き刺す様に冷たい。
他の伊達家家臣達は、次期当主と据えられている政宗に対して不満を募らせながら、小十郎程表立って責める者はいない。


「小十郎、わしは醜いのか」


虚ろな光を宿す片目は、何かを捉てるようで何も捉えていないように思える。
そして熱に浮かされているかのように、そして何かから逃げるように微かに怯えた声を上げる。


「母はわしを醜いと言った、汚いものを見つめる目でわしを見た、他の家臣達も同じだ。のう小十郎、わしは何者となってしまったのだ」


人間では無い異形のものとなってしまったのか。
まだ幼い政宗は、大人達がひた隠しにしようともしきれない悪意を全身で感じていた。
特に、病に掛かる前までは確かに愛情を注いでいた母、義姫からの拒絶は政宗自身が作り出す闇を更に大きくしている。
それが分かっている小十郎だが、一切同情を向ける事はしない。
一つは伊達家の為。
側近と云う役目を任された事を他の家臣達の様に投げ出す事をしたく無いと云う想いと、もう一つ。
少なからず政宗に次期伊達家当主としての期待を向ける輝宗様同様に、小十郎自身も期待しているのだ。


「梵天丸様、貴方は貴方以外の何者でもございませぬ。病を得た事も皆からの侮蔑の目も、全てを拒絶して、心を閉ざし何事も世界のせいだと言い張るお積もりか」
「………っ」
「貴方は輝宗様より次期当主として見据えられている。その好意に、その期待に、何も変わらないまま無理だと嘆いて全てを投げ出すお積もりかっ!」


激しい語調で責め立てる小十郎。
その言葉を聞きながら、固く唇を噛み、手の平が白くなる程強く握り締める政宗。
と、突然小十郎が懐から短刀を取り出し、政宗の胸ぐらを掴み取ると、そのまま政宗の右目に刀を据える。


「小十郎っ…!?」


突然の事で、訳が分からないと目の奥が恐怖で揺れ、瞳には涙が溢れそうになっている。
小十郎は、意を決した。


「失敬を承知の上失礼致します。梵天丸様、過去を切り捨てる為、この伊達家を背負う覚悟を決める為、この右目を切り落とす覚悟はおありかっ!」


自然と怒鳴り声となり、室内に響き渡る。
飛び出た右目を抉る、それは家臣の立場からすると不敬に当たり、切腹、それか討ち首となっても可笑しくはない重罪。
だが、そうなったとしても、政宗自身が変わらなければ、何も意味は無い。
これは賭けだ。
そして、耳鳴りが聴こえて来る程の静寂が辺りを支配する。


「……だ…せ…」
「今、何と?」


震え、掠れた声で呟くそれを、もう一度聞き返す。
そして俯いていた政宗は、首を上げ、真っ直ぐ小十郎の両眼を見据える。


「この右目を抉り出せ小十郎っ!わしはもう何からも逃げたくない、逃げたくないのだっ!!」


先程まで昏い闇を映していた左目には、覚悟を決めた力強い光が煌めいていた。
そして小十郎は、固く掴んでいた手をゆっくり離し、一歩下がり平服する。


「梵天丸様の決意、しかと心得ました」
「小十郎、そなたはこれからわしの右目ぞ。わしから離れる事は許さぬ」
「ならば私は、この咎を戒めとし、この小十郎、梵天丸様に生涯の忠誠を誓います」


それが彼等を繋ぐ糸、絆とも呼べる最初の誓いであった…――。








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