後の関ヶ原の戦いと呼ばれる大戦は、たった一日で集結を迎えた。
しかし西国ではその伝達が届いたのはまた暫くしてからであった。
「徳川家康様、関ヶ原にて西軍に圧勝、石田三成、安国寺恵瓊、小西行長京都六条河原にて斬首っ」
伝令の声が自陣内に響く。
周りの家臣がざわめき、喜びの声を上げる者すらもいた。
だがまだ此方の戦いは終わって居なかった。
あの男から最後に『頼む』と託された目前にある城を見詰め、手が震える程に強く手元の扇を握る。
未だ降伏の兆しを見せない宇土城。
今、この城を守っているのは行長の弟である小西行景だ。
今、伝令が此方に届いたと云う事は、多分彼方の城にも知らせが届いている筈だ。
(後は時間の問題か)
降伏か、はたまたこの戦いを続けるか、どちらを選ぶか。
腕を組み確率を弾き出すが、それよりも不確かな確信が清正の中で芽生えていた。
すると先程の者とはまた違う伝令が駆け込み、片膝を立てて清正に報告を述べる。
「宇土城代、小西行景殿が、殿に献上する儀がある為、面会をと云う伝令が参りました」
「・・・来たか」
目を瞑り、これから待ち構える答えを脳裏に浮かべた。
連れて来いと伝令に伝え、それから間もなく行景は現れた。
言葉無く地べたに膝を合わせ、頭を土のそこに下ろすように深々と頭を下げる彼。
「頭を上げよ」
そして上げられた面差しは、何処と無く行長の影を残し、だが、行長よりも強い眼差しを双方に宿していた。
「して、お主の献上したい儀とは」
「降伏を、申し立てたいと存じます」
やはり、と去来する言葉を出さぬ様にと深い息を一息吐き出す。
「何も無く降伏など受け入れられると思っておるのか」
「それは勿論思ってなどおりません。その代償は己が命で」
「たった一人、お前の命だけか」
「余計な命をこれ以上無くさせる訳には行きませぬので」
覚悟は決まっていると、何処までも静かな瞳は揺れる事もなく、ただ真っ直ぐに清正を捉える。
「どうか、城の者達を私の命と引き換えにお守り下さい。どうか清正殿っ」
深く平伏す行景。
『守れ』と云う行景のその姿に、『頼む』と笑って逝った行長が重なり、ふと息を呑む。
やはり、血は争えないと云うのか。
この兄弟は揃いも揃って何故俺に託すと云うのか。
それはまるで忘れる事をさせぬ様に足枷を嵌められるような感覚だった。
とても重く、出来る事なら放りなげてしまいたい衝動に駆られるが、それが出来るならば、とっくの前にやっている。
そんな清正の性格を知った上で、こ奴等は己に託して行くのだ。
何と勝手な奴等、そして何処までも馬鹿な自分に笑いたくなった。
「・・・良かろう。城の者の命はこの清正が計らう」
「はっ、是非に是非にっ」
そして行景は、見事に切腹を果たし、天に召された。


*******

大戦が集結後、清正の居城となる熊本城が完成した。
そこに宇土城の天守閣を移築させ、のちの宇土櫓と呼ばれる櫓を作り上げ、行景の切腹と引き換えに召し抱えた小西家の家臣達にそれを守らせた。
彼等の主が曾て必死に守り抜こうとしていた様に。
「これで文句は無かろう」
天守に立ち、城下を見下ろしながら誰に云う訳でも無く、独り小さく呟いた。
曾て、唯一好敵手と認めたあの男の姿を思い出す。
顔を見合わせる度に嫌味を交わし、分かり合う事など無いと意固地になっていた幼き頃までもあっと云う間に過ぎて行った。
「文句があるなら言ってみろ、馬鹿弥九郎」
答える筈の無い空に向かって、しかしその先に行長の影を見詰めながら、清正は笑った。





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