「If the world changes, the world where it is laughing at everybody fortunately then is good」


「起きろ、雅野。授業はもう終わったぞ」

聞き慣れた声が響く。
その声に、雅野は小さく唸ってからゆっくりと頭を上げた。
どうやら机に突っ伏す形で眠りに落ちていたらしい。
起きぬけのせいか、あまり鮮明ではない視界で声のした方へと顔を向けると、そこにはサッカー部のキャプテン“だった”御門の姿があった。

「珍しいな。優等生のお前が授業中に居眠りだなんて」

「え…御門…お前が何故ここに…」

雅野は目をこする。
未だに夢の中にでも居るのだろうか。
御門はもう、ここにはいないはずなのに。
御門は雅野の問いに首を傾げる。
それからゆっくりと口を開いた。

「何故ってな…当り前だろう。クラスメイトだぞ、オレ達は」

「だが…」

釈然としない。
彼は、既にこの帝国学園を去ったはずだ。
その日からもう、一週間程の月日が流れている。
ここに、居る筈がない。

「まだ寝ぼけているのか?まぁ、いいさ。お前は普段頑張っているからな。疲れもたまっているのだろう。ほら」

そう言いながら苦笑して、御門は雅野に一冊のノートを差し出した。
表紙には「数学」と綺麗な字で書かれている。

「さっきの授業の板書だ。貸してやるから写してしまえ。じゃないと後で困るだろう」

「え…と…」

雅野は混乱していた。
何故、オレは今、御門からノートを手渡されているのか。
御門は何故、オレに対してこんなにも穏やかな表情を、笑顔ともとれるような表情を向けているのか。
それが、雅野にとって疑問で仕方がなかった。
御門は本来、このようなことをするような奴ではなかったはずだ。
ましてや御門の笑顔など、今までに見たことは無い。
いつでも作られた、まるで軍隊の隊列のように整然とした表情しか見せなかった御門が、どうしてこのように人間味の溢れた姿で話しかけてくるのか。

「お前…どうかしたのか…?」

雅野は思わず尋ねた。
御門は困ったように雅野を見つめる。

「どうかと言われても…どうもしないが…」

返ってきたのはそれだけだった。
更に追及しようとした時、雅野の言葉は別の声により遮られてしまった。

「雅野、御門!部活に行こうぜ!」

はっとしてそちらに視線をやると、そこには特徴的な赤い髪が見えた。
隣のクラス“だった”逸見が、部活に誘う為に雅野達のクラスを訪ねてきたらしい。
逸見の姿に気が付くと、御門は軽く手を挙げながら「今行く」と返した。

「雅野、急げ。遅れるぞ」

「え…あ、あぁ…」

釈然としないことだらけだった。
しかし、部活に遅れ、総帥達に迷惑をかけてはいけない。
そう考えた雅野は、疑問を心の奥に押し込めて、バッグを肩にかけた。

***********

「遅いぞ、お前達」

部室に着くなり声を掛けてきたの、既にユニフォームに着替え終えた龍崎だった。

「悪かったな。今日の練習メニューについては何か指示が出ているか?」

御門が学ランの上着を脱ぎながら龍崎に尋ねる。
すると、龍崎は答える。

「いや、まだ特に指示は出ていない」

「そうか」

そんな些細な会話を繰り広げる二人の姿は、酷く優しいものに見えた。
まるで、これから部活をすることが、サッカーをすることが楽しみで仕方がないというような、“普通”の中学生と変わりないような。
いつもどこか周りと壁を作り、硬い表情で必要なことのみを話す。
それが、雅野の中での二人の認識であり、基準だった。
だが、今の光景はどうだ。
それは雅野の知るものとは全くの別物。
こんなに穏やかな彼らを、雅野は知らなかった。

どうなっているんだ…
やはり、何かがおかしい…

総帥達に相談してみるべきだろうか。
いや、それともオレが直に問いただすべきか。
こんなのは知らない。
きっと、こいつらは何かを企んでいるんだ。
雅野の中で、経験により生まれた疑念が渦を巻いていった。
自分だけが世界から切り離されたかのような感覚に、雅野の心は酷くざわつく。

「…の?雅野?どうした?」

様子がおかしいことに気が付いたらしい。
龍崎は雅野の顔を覗き込みながら尋ねた。

「………っ」

突如目の前に現れた龍崎の顔に、雅野ははっとし、思わず相手を突き飛ばした。
龍崎は突然のことに対処が遅れ、そのまま後ろへと倒れ込んだ。

「おい、雅野!突然何をしているんだ!?」

声を上げたのは御門だった。
その声音からは驚きと怒りの感情が読み取れる。
遂に本性を表わすのか。
そうだ、こいつらは敵、こいつら同士は味方。
御門にとってオレは敵で、龍崎は味方だ。

「龍崎が怪我をしたらどうする!?」

そう言って、御門は雅野を睨みつけた。
ほら、やはりそうだ。
こいつらは“敵”だ。
今までに感じた違和感は、きっとただの勘違い。
そうに違いない。
しかし、龍崎は立ち上がりながら御門に告げた。

「オレならば大丈夫だ。だからそんなに雅野を怒ってやらないでくれ」

「え…」

どういう状況なのだろうか。
龍崎は、どうやら雅野を庇っているようだった。

「悪かったな、雅野。突然目の前に顔なんか突き出されたら驚いても仕方がないさ。驚かせてすまなかった」

雅野にとってはこの言葉が衝撃的でならなかった。
プライドが高い龍崎が、自身の非を謝罪している。
そんなことが今までにあっただろうか。

「そうか…大丈夫ならば良いが…。…オレも少し言いすぎた…すまないな、雅野」

次いで、御門も謝罪の言葉を述べる。
なんだ、これは。
やはり、雅野の感じていた違和感は勘違いなどではなかったようだ。

「おい、お前ら!いつまでそうしているつもりなんだ!もうコーチが来てるぞ!」

思惟の淵に沈んでいた思考を呼び戻したのは、逸見の声だった。
どうやら練習の時間になったらしい。
疑問は多々あったが、練習に遅れるわけにはいかない。
慌てて着替えを済ませ、グラウンドへと駆け出した。

***********

「整列!」

御門の声がグラウンドに響き渡る。
部員達が整列を終えると、コーチは口を開いた。

「次はホーリーロードの準決勝、相手は海王学園だ」

「え…!?」

コーチの言葉に、雅野ははっとし声を上げた。
その声は広々とした屋内練習場に響き渡り、その場にいた者全員の耳に届いた。

「どうした、雅野?質問ならば話しの後に…」

コーチの言葉。
しかし、雅野は黙ってなどいられなかった。
ここに来て明らかに生じた矛盾。
これは、間違いなく“違う”。

「どういうことですか、コーチ!我々帝国学園の準決勝の対戦相手は雷門中だったはずでしょう!?フィフスセクターの指示で、トーナメント表が改正されて…それで、オレ達は負けた…勝敗指示なしの本気のサッカーで…」

「お前…本当にどうかしたのか?帝国が負けた?雷門中に?そもそも、雷門中とは決勝まで当らない。お前だってトーナメント表を見ているだろう?」

口を開いたのは御門だ。
御門の言葉に、今度は彼を示して叫ぶ。

「お前らだって、一体何を企んでいるんだ!?シードだということがばれて、帝国学園を去ったはずなのに…っ…はず…なのに…」

最後まで、言い切ることは出来なかった。
複雑に絡み合った思いが、感情が、次々と溢れだしてくる。

「それなのに…っ…お前らはオレ達を裏切ったのに…ずっと…一緒にサッカーをしてきたオレ達を…オレ達…を…」

やはり、最後まで言葉が述べられることは無かった。
弱々しく小さくなった言葉は、終いには無音へと変わる。
雅野はゆるゆるとしゃがみ込み、大地に膝をついた。

「オレは…信じてた…気に入らない奴らだけど…サッカーが上手くて…練習にも真剣で…それなのに…」

唇を噛み締めて俯く。
瞳からとめどなく溢れる雫が、次々とグラウンドに吸い込まれていく。

「…オレはまだ…お前達とサッカーをしたかった…っ…本当のサッカーを…皆で…っ」

吐き捨てる感情。
投げつける本心。
そうだ、オレはずっとあいつらとサッカーをしてきた。
仲間だった。
それなのに、あいつらは一言もなく去っていった。
「ごめん」も「ありがとう」もなく…
そんなのはおかしいだろう?
次の瞬間、俯き続ける雅野の頭にふわりと熱が触れた。

「………っ」

雅野はゆっくりと上を向く。
そこには哀しげに微笑む御門の姿があった。
並ぶようにして、龍崎と逸見、飛鳥寺も立っている。

「お…オレは…」

言葉を絞り出す。
思うように話せないことがもどかしい。

「お前らなんか…大嫌いだ…嘘吐きで、自分勝手で…だけど…」

ゆっくりと息を吸う。

「オレは…お前らとの部活…サッカー…嫌いじゃなかった…もっと…一緒にいたかった…」

四人は雅野の言葉に頷く。

「…一緒に…サッカー…やりたかった…」

どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
何故、彼らがシードだったのだろうか。
フィフスセクターもシードも、管理されたサッカーも大嫌いだった。
それに逆らうことが出来ず、言われるがままに偽りのサッカーをしている自分も同じくらい嫌いだった。
それでもこれまでやってこられたのは、共に競い合ってきた仲間の、彼らの存在があったからだ。
それなのに、それさえも虚像でしかなかった。
全てが偽りだった。

「何でなんだよ…もう…お前らには会えないのか…?二度と一緒にサッカー…出来ないのか…?誰か…応えてくれ…っ」

雅野の叫びに、御門の、龍崎の、逸見の、飛鳥寺の口がゆっくりと動く。
しかし、雅野にはその言葉は聞こえなかった。

「何だよ…何て言っているのか聞こえない…っ…何も聞こえない…っ」

刹那、雅野の視界は霧に包まれたかのように霞み始めた。

待ってくれ…っ!
オレはまだ…
お前達に―――…

***********

「…や…の!雅野!起きろ!授業中だぞ!」

聞き慣れた声が響く。
その声に、雅野は小さく唸ってからゆっくりと頭を上げた。
どうやら机に突っ伏す形で眠りに落ちていたらしい。
起きぬけのせいか、あまり鮮明ではない視界で声のした方へと顔を向けると、そこにはサッカー部のコーチである佐久間の姿があった。
どうやらここは教室で、今は授業中だったようだ。
佐久間を見、はっとした雅野は慌てて後ろへと振り返った。
しかし、やはりそこにはクラスメイト“だった”御門の姿は無く、ただ主を失った机があるだけだった。
雅野の不審な様子に気が付いたのか、佐久間は心配そうに尋ねた。

「具合でも悪いのか?」

「いえ…何でもありません…」

「そうか…ならば良いが…授業はきちんと受けろよ」

「はい…すみませんでした…」

そんなやり取りの後、佐久間は教卓へと戻っていった。
それを確認してから、雅野は小さく溜息を零す。

やはり…
あれは夢か…

当たり前だ。
あいつらはシード。
この帝国学園には居てはならない存在。
そう、敵同士なのだ。
敵、なんだ…
ぼうっとしながら頬杖を付き、窓の向こうに広がる空を見上げる。
この様子だと、当然のことながら他のシードだった奴らももうここにはいないだろう。
今、彼らはどこに居るのだろうか。
この空の下のどこかで、今もボールを蹴っているのだろうか。
しばらくそんなことを考えていると、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
号令がかかり、挨拶をする。
放課後となり、各々が下校の為、部活の為、はたまた委員会の為に教室を去っていく。

「オレも部活に行かないとだな…」

しばらく呆けていた雅野は、小さく呟いた。
そして、何気なく机の中に手を入れた。
普段は何もいれていない為、滅多なことでは机の中に手を入れることは無かったのだが、その日は偶然、本当に偶然手を入れたのだ。
すると、何もないはずの机の中に、手に触れるものがあることに気が付いた。
不思議に思いながらそれを引き出して、雅野ははっとした。
それは一冊のノートだった。
表紙には「数学」と綺麗な字で書かれている。

「これ…」

そう口に出し、雅野は慌ててノートのページをめくった。
そこには整然とした文字の羅列が記されており、所有者の性格が良く表わされているかのようだった。
しばらくの間、一定のペースでページをめくっていたが、あるページで雅野はその手を止めた。
そこには、部誌で見慣れている4つの字体で各々の言葉が記されていた。
全ての言葉を読み終えると、雅野は静かにノートを閉じ、それを抱きしめるかのように胸に押し当てた。

「………っ」

憎かった。
フィフスセクターもシードも、管理サッカーも、自分達の自由を奪う全てものが、憎くて仕方がなかった。
それでもやはり、オレは彼らの事を嫌いにはなり切れなかった。
こんなにも彼らとの再会を切望している。
レジスタンスの一員として、これは間違った感情なのかもしれない。
しかし、オレはレジスタンスの一員である以前に帝国サッカー部の部員であり、あいつらの仲間だ。
それは勿論、“フィフスセクターのシード”の仲間ではなく、“帝国サッカー部”の仲間という意味で。
オレ達はこれまで、苦楽を共にしてきた。
それがどこの誰なのかなどは関係ない。
それは、例え帝国学園を去った今でも決して変わることのない事実、共に築き上げてきた大切な過去だ。
だからこそ、オレはあいつらにも思い出してほしいと思う。
本当のサッカーを。
帝国学園で過ごした、かけがえのない日々を。
いつの日か革命が成功して自由なサッカーが出来るようになったその時に、今度こそ何のしがらみもなく、心の底から笑い合えるように。



『If the world changes, the world where it is laughing at everybody fortunately then is good』


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唐突に帝国の話を思い付き、勢いのまま記した結果生まれた話です。
基本的に120%の捏造で成り立っています。
雅野と、追い出されてしまった帝国シード組が幸せになるにはどうすればいいのかを色々と考え過ぎ、最終的に互いの心の問題なのではないかという結論に辿り着きました。

確かに、御門達がシードとして帝国学園に潜んでいた事実は変わりません。
しかし、どんな理由であれ、帝国学園サッカー部の一員として過ごしてきたその時間も事実そのもの。
これもまた、変わることのない不変の過去になります。
雅野の視点的には、信じていたからこそ、裏切られた際のショックも大きかったのではないかと。
御門にしろ龍崎にしろ、逸見にしろ、勿論飛鳥寺もそうですが、彼らの実力は本物で、だからこそ認めていた部分もあるのだと思います。
故にぶつかり合うこともあります。
雷門対帝国の際にぶつかり合っていたシーンがありましたが、鬼道の「あぶり出す」という言葉から察するに、その段階ではまだ御門達がシードであるということは確証が無かったでしょう。
そう考えると、まだあの段階では多少なりと仲間意識(ライバル心?)があったのではないかなと。
そして、彼らが去ってから彼らと過ごした時間のかけがえのなさに気が付く。
敵である以前にチームメイトだったという事実。
共に過ごした時間。
それだけは嘘偽りのないこと。
憎しみや恨み以上に、仲間としての想いがあれば、それはきっと彼らを救う希望になる。

いつの日か、フィフスセクターもシードも関係なく、彼らが再会して笑い合える日が訪れることを願いつつ。

【If the world changes, the world where it is laughing at everybody fortunately then is good:もしも世界が変わるのならば、その時は皆が幸せに笑っていられる世界が良い】





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