日が落ちて、人ならざる者たちの活動時間となった街。
何も知らない人間はいつもと変わらず、夜になっても動き続ける。それが、今の世の中だ。
それでもやはり、危険は危険であるわけであり、裏方作業をするかのようにエクソシストは今日も働くのだ。

「なんか、めんどくなってきた」
「兄さん頑張ってよ!」
「大将手ぇ動かせ!」



喫茶店で待機(という名の休憩)をした後。昼間の場所へ戻れば、結界に阻まれた魔物がぎっしりと詰まっていた。
イナゴでもこんなにキモくないわ、ハボックは思った。
エドワードの作戦はこうだった。
まず、結界で魔物を外に出さない。すると動きがないことに気づいた悪魔が外へ出てくる。そこを叩く。
今は第一段階クリアといったところだ。

「大将、これ相当の量だぜ」

大丈夫か、と問えば、不敵な笑みを返された。

「こんだけの量倒したなら、クソ野郎に一泡吹かせられるだろ」

完全にただの憂さ晴らしである。
思わずこれから狩られるであろう魔物たちに合掌したくなった。
どうにもロイがいなかったことへの怒りは収まらなかったらしい。エドワードのやる気(殺る気とも言う)が出ているならそれでいいのだが。
何だか釈然としないハボックであった。
兄弟が何やら相談している間にも魔物は増え、結界をいっぱいにしている。ピシピシと軋むような音さえしている気がしてきた。
ハボックが不安に思い始めた時、エドワードが彼を振り返った。

「作戦変更! 結界解いて向こうさんを引きずり出す!」
「まじかよ……」

裏で糸を引いているであろう悪魔も馬鹿ではなかった、ということだろう。結界が壊れるまで魔物を送り続けられれば、今まで以上の被害が出るだろう。そうなる前にこの場で全て潰す、そういう方針に変更するわけだ。それを理解したハボックは直ちに臨戦体制をとる。
アルフォンスが結界を解きにかかる。エドワードも短刀を構えている。

「いきますよ!」

合図と共に結界が消えさり、溜まっていた魔物たちが雪崩てきた。
あまりの量にハボックは苦笑いするしかなかった。彼も腕を異業の爪へと変化させていた。黒い爪をギラリと伸ばす。

「バーゲンの時のデパートみてえだな!」

短刀の刃を煌めかせエドワードが笑った。地面を蹴って群れに突っ込んでいく。

「生憎、俺はバーゲンに行かせてやる程優しくないんだよな!」

エドワード専用の短刀には清めが行われ、邪悪なものを滅する。彼はそれを自由に使いこなし、魔物を切り伏せる。
アルフォンスはストラを首にかけ、清めの言葉を唱え、援護をしている。広範囲攻撃をアルフォンスは得意とする。
三人は一匹足りとも表通りに出すまいと全力で戦った。
――と、順調だったのだが、戦闘において数が有利なのは自明の理。量の多さにエドワードがダレ始めた。そして、ようやく冒頭へと戻るのである。



いっそイライラしてきたエドワードは、やけくそ気味に魔物を薙ぎ払う。長時間戦い続けているため、三人とも次第に息もあがってくる。
その場に溜まっていた最後の一匹をハボックが叩き潰した。全員一旦一息つく。

「ザコは終わったか……?」
「おそらく……さすがにしんどい」

ハボックとアルフォンスがそう漏らす。ザコも集まりゃ何とやら。さすがに疲労感を拭えはしなかった。そしてまだ終わってはいない。
路地の暗闇がぐねりと歪んだ。
三人は息を呑む。
エドワードが苦々しげに呟く。

「親玉の登場だぜ……」

捩れ曲がった空間から現れたのは、黒い靄。今までの事件の首謀者である悪魔に違いなかった。
『悪魔』と一口に言っても様々な形をしている。人のような形を取るものもいれば、黒い塊だったりもする。今回は後者のようだ。どちらにせよ、厄介な相手である。
じわり、と靄が揺らいだ。その瞬間に三人を衝撃が襲った。堪らず兄弟は吹っ飛ばされる。真後ろにあった建物の壁にたたき付けられた。

「エド! アル!」
「ってえな!」
「……大丈夫!」

エドワードは顔を歪めながらも立ち上がった。
横ではアルフォンスがハボックに答えつつ、体を起こしている。
額に汗が滲む。体は大丈夫でも、本能がやばいと告げていた。
同時に戦いたいと心が叫んだ。口元が勝手に緩む。

「上等だ。強いだけ倒した後に俺の株も上がるってもんだぜ」

再び短刀を構えて不敵に笑う。
小さく息を吸うとエドワードは地面を蹴って、とか靄へと突っ込んでいった。
銀を煌めかせて横に薙ぎ払う。相手も相手なので掠るだけに留まったが、それでも感触はあった。
エドワードは避けられたのを察すると同じくして、空中で体を反転させブーツに仕込んであったナイフを投げつけた。
奇襲に近かったせいか、ナイフは靄の右側を貫いた。地鳴りのような音と共に、右半分が霧散していく。
エドワードが思わずガッツポーズをしたところで反撃があった。
残った左側から腕が伸びて来て、エドワードの首を掴んだ。
息が詰まる。カエルが潰れたような呻き声が喉から漏れた。

「……っぐ」
「兄さん!」

アルフォンスが悲鳴をあげ、ハボックがいち早く爪で靄を切り裂きにかかる。
が、その必要はなかった。
銃声がし、エドワードを掴んでいる腕へと着弾して炎を上げた。夜の暗がりを明るく照らし、
又しても地鳴りの叫びがしてエドワードは地面に落とされた。解放された喉は酸素を求め咳込む。涙目になりながらもエドワードは顔を上げた。靄がふわりと揺れて消えていくのが見えた。振り返ると、ハボックとアルフォンスが目をぱちくりさせている。その横に銃を持った男が一人。

「大丈夫かエドワード」
「……おう」

男――ロイに声をかけられてエドワードは嫌そうに答えた。アルフォンスは兄の機嫌が急降下しているのを察した。

「何であんたがいるんだよ。中央からお呼びだしくらったんじゃねえのか」

ロイたちの近くに戻って、エドワードはまずそれを聴いた。

「何とか早めに終わらせたんだ。そうして帰ったら、君達が魔物退治に出たと聞いたものだから慌てて追ったんだよ」

見張りがいたし、何より騒がしかったから捜すのには困らなかったよ。
と、ロイは付け足した。余計にエドワードの機嫌を損ねたのは言うまでもない。

「良いとこだけ持って行きやがって」
「何か言ったか?」
「何も!」

ふて腐れるエドワード。子どもらしい仕草にロイは微笑む。小さな頭に手を置くと、ぽんぽんと撫でる。

「君に怪我がなくてよかった」

そっと耳元で囁かれた言葉にエドワードは顔を赤らめる。いろいろ合わさって恥ずかしいのだ。キッと睨みつけるがロイは微笑むだけ。何とも言えなくなったエドワードは弟を勢いよく振り返る。

「帰るぞアル!」
「え、待ってよ兄さん!」
「片付けなんてそこのクソ司令官にでもやらせとけ!」

肩をいからせながらエドワードはその場を去る。慌ててアルフォンスが追い掛けた。その際、ハボックたちに後を頼むのを忘れない。

「クソとはひどいなあ」

ロイは二人を見送ってからやれやれと呟いた。愛おしそうな目をして優しく言われたんじゃ、ハボックも苦笑いするしかなかった。本当にベタ惚れだ。鬱陶しいくらいの。

「所長、あんまりからかわんでやってくださいよ。十五なんだし」
「善処しよう」

ロイは少々意地の悪い笑みを浮かべた。
ハボックはそっとエドワードに合掌した。

「ハボック、この痕跡は」

ふいにロイが声を低めて先程彼が殺した悪魔を指差す。ただの靄だったはずだが、悪魔が現れた路地の壁には赤い紋章が浮かび上がっていた。
ハボックも覗き込んで確認する。

「恐らく、奴らかと」
「本格的に動き出したか……」
「また秘匿っスね」
「そうなるな。ハボック現場指示を頼む」

それだけ言うとロイはさっさと路地から出ていってしまう。ハボックは大方お子様の機嫌直しか、と検討をつけて嘆息した。彼等にはいつ伝えるのだろう。ロイのことだ、自分たちだけでカタを付けるとか言うのだ。結局はばれて機嫌を損ねるだけだというのに。

「どーすんのかねえ」

ハボックはタバコをくわえて火をつける。彼は秘匿案件になることの旨や指示をしに向かう。
見上げた空には生憎と月は見えていない。壁に刻まれた赤いウロボロスの紋様が不気味に光っていた。



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なんか続くみたいになっちゃった……続かないです。多分、おそらく。もし続いたら生暖かい目で見てやってください。




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