『家』が大好きで、大嫌いだった。



Don't foget 3.Oct.11



「大佐ン家ってムダにでかいよな」
本を広げながらエドワードは言った。大量の蔵書を読ませてもらうために訪れるロイの家。
アルフォンスは本屋に寄ってから来る、とのことだった。
気をきかせてくれたのだろうか、とロイは勝手に解釈していたりする。
さて、話題に上がったロイの家は一般の家と比べたら豪邸の部類に入るだろう、大きさだ。ただ、当の家は庭の草が伸び放題。部屋は散らかっていたり、と生活感は一切ない。
それほどキレイ好きではないエドワードですらげんなりするような惨状だった。今は少し片付いている。
「軍の支給なんだ。『大佐』の住むような家ってことだ」
「一人暮らしでこれかよ」
一体何部屋あるのか。数えるのは面倒だったので途中で放棄した。
使っていない部屋がどれだけ埃を被っているか、なんて聞けない。ていうか、聞きたくない。
「週に二回程、ハウスキーパーの人が来てくれているから何とかなっているよ」
ロイが心を読んだようなことを言う。
とりあえず埃災害の危機にはひんしていないようだ。まあロイだけでは維持できないと言っているわけだが。
エドワードは呆れ顔で「早くいい人見つけろよ」と言う。
「君やアルフォンスが頻繁に帰ってくればいいんだがね」
雑誌を束ねていた手を止め、ロイは肩を竦めた。
エドワードは本から目を離す。そして開かない銀時計を取り出し見つめた。

あの日から、今日で三年だった。

「……嫌だね」
ロイに対する返事は低く掠れていた。
家は、嫌い。
ずっと離したくなくなるから。縋りそうになるから。
エドワードは一度離した目をもう一度本に落とした。さっきからずっと、内容なんて頭に入ってきやしないけれども、そうせずにはいられなかった。
ロイはそんなエドワードとカレンダーを見て、ああ、と呟いた。
この子どもはまた――
「私も家はあまり好きではないな。温かさというものがわかったためしがない」
エドワードは顔を上げない。それでも構わずロイは続けた。自分にも言い訳しているのだろうか、とふと思った。
「この家は特にそうだ。帰っても誰もいない。寂しいだけだよ、全く」
「……なら、帰らなきゃいいじゃねえかよ」
本から目を離さず(もしかすると本すら見ていないかもしれない)エドワードは唸った。
ロイはその言葉に微笑んで、ただ、と付け加える。エドワードはまだ顔を上げない。
「ただ、何故か帰りたくなるんだ。たまにでも君たちが訪れる家だから」
君たちの帰る家でもあるから、と暗に含まれていたそれをエドワードはしっかりと感じとった。
エドワードの中で張り詰めていた何かがぷつん、と切れた気がした。
弱音は吐きたくない。
だから、全部あんたのせいだ。


「……したんだ。帰ろうなんて思わないように、燃やしたんだ」
二人で戻るまで、大好きで大嫌いなあの場所は捨てようって。
いつでも手放せるようにって。
決めた、のに。
「……あんたのせいだ。まだこんなに揺らぐ。アルにもウィンリイにも誓ったのに、まだ」
ロイは何かを言おうとしたが、躊躇った。
何が言えるのだ、彼に。
エドワードは右手を握りしめた。機械鎧が、きしり、と音を立てる。
「なあ、どこに帰ればいい?」
エドワードはゆるゆると顔を上げる。迷子のような表情。
ロイはそれら全てが愛おしくなり、エドワードの小さな体を抱きしめた。
「ここに、帰ってきなさい。いつでも待っているから」
「……っ」
「リゼンブールにも帰ればいい。君の、君たちの帰る場所はたくさんある」
抱きしめる腕に力が篭る。
ロイは小さく、ほんの僅かだがエドワードが頷くのに気づいた。



「ただいまー。大佐、兄さん大人しくしてました?」
玄関の方からアルフォンスが顔を覗かせた。
今だロイに抱きしめられていたエドワードは、直ぐさまロイの腕から抜け出して弟を迎えた。
「おかえり、アル」
「ただいま。いい本なかったよ」
「そっか。ありがとな」
兄弟の会話を聞きながら、ロイは二人が「ただいま」も「おかえり」も言っていることに笑みを浮かべた。
「大丈夫じゃないか」
ちゃんと言えてるよ。
「鋼の、アルフォンス」
呼び掛けると二人が振り向く。
少し遅くなってしまったな、と思いながらロイは二人に向けて、
「おかえり」
と。
兄弟は顔を見合わせて笑った。ロイの方を向いた兄弟が笑顔のまま声を揃えて言う。

「ただいま!」


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