あいつが帰ってくる。
時計を何度も見てはそわそわと落ち着かない。ふと子供の頃を思い出す。

昔、俺は苛められていた。俺達六つ子の中でもおそ松兄さんとトド松は周りとうまくコミュニケーションがとれるほうだったから、友達も多かった。チョロ松は至って普通。女の子とは昔から話すのが苦手ではあったけどそれなりに友達もいた。俺と一松と十四松は小学生の頃から中学と苛められていた。一松は友達なんかいらないと。十四松は変わり者扱いされて陰口を言われたりしていたが、本人は気付いていないようだった。俺はよくクラスの男数人グループから呼び出されては殴られたり蹴られたりしていた。

あの日もそうだった。体育館の裏の誰も通らないような場所。


「うっ…ぐっ!」


ゴッ、と鈍い音がして地面に倒れる。右の頬骨が少し経ってからずきんずきんと痛みだす。続けて腹に蹴りを何発か入れられる。

(僕、何もしてないのに)


数人の笑い声が頭上から聞こえる。これが夢だったらいいのに。こんなに全身痛みがあるんだ、夢な訳ないか。早く、早く終われ。そんなことを祈るだけ。


「おいっ!」


一人の声が大きく響いた。女の子の声だった。凛々しく、はっきりとした綺麗な声。瞑っていた目をあけるけど、涙でぼやけてよく見えない。


「あんたたち、最低だね。複数で一人をいじめてかっこ悪いよ」


「なっ…なんだよお前、女のくせに!」



「あたしに女のくせにって言うんなら、あんた達こそ男のくせに陰で人数で虐めてんじゃないよ。言いたいことあるなら堂々としな!」



随分はっきりとした女だと思った。女の子だけど、正義のヒーローみたいだなと。


「…っ行こうぜ!」


バタバタと複数の足音が遠のいた。そして一つの足音が静かに近づく。


「大丈夫?」


その子が目の前でしゃがんで、漸く誰なのか分かった。同じクラスの百瀬るりちゃんだった。痛む体に眉を潜めながらも、上半身を起こす。


「うっ…、あ、ありがとう…」


「ここ、切れてる。ここも」


百瀬さんは手提げの鞄からポーチから絆創膏を3枚出して、僕の頬と口の端と膝に貼った。


「…ありがとう…」


ふと気になったことを聞いてみた。


「百瀬さんは…怖くないの?」


僕の質問に一瞬目を大きくし、数回瞬きした後髪を耳にかけた。


「ああいうの、むかつくじゃん」


「百瀬さんって、強いんだな」



強い

あの時彼女に言ったあの言葉は間違いだったことにすぐには気づけなかった。


百瀬さんとはクラスは同じだったけど今まで接点もなく話をしたこともなかった。ある日の放課後、忘れ物をしたのに気が付いて教室へ戻ったことがあった。クラスへ入る時、話声が聞こえて覗いてみると百瀬さんと数人の女子がいた。


「汚いからあんたの鞄ゴミ箱に入れといたよ」

「感謝してよ〜ゴミ掃除してあげたんだから」


甲高い笑い声が聞こえて、よく見ると百瀬さんはゴミ箱に手を突っ込んで自分のものらしき教科書や鞄を取り出していた。百瀬さんは彼女達の言葉にも我関せずと何事もなかったかのように淡々とゴミ箱を漁っている。


「ちっ…あんたのそういうところがむかつくんだよっ!」


百瀬さんの態度に腹が立った女子が蹴りを入れて、百瀬さんは体勢を崩し床に倒れる。気がつけば身体が勝手に動いていた。



「おいっ!何やってんだ」


「…えっ、松野、くん…」



思いきり睨むと数人の女子が「やばいよ!行こ!」と走り去って行った。すぐに百瀬さんの方へと振り向き、駆け寄る。


「大丈夫か?」


「…松野…」


百瀬さんは驚いた表情で僕をじっと見つめている。少しの沈黙の後、「この間と逆だね」と視線を外して切なげに笑った。あ、これ無理して笑ってるな、とすぐに分かった。思い返して見れば彼女はいつも一人で友達といる所なんて見たことなかった。あの時僕を助けてくれたのは、自分も同じことをされているからほっとけなくて助けてくれたのかな。



「無理して笑わなくていいよ」


「え…」


「今、僕しかいないから。大丈夫」


「…っ」



百瀬さんは大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙を流して、それから声を上げて泣いた。自分も気持ちが分かるから、何だかたまらなくなって百瀬さんの頭をそっと撫でた。彼女は、強くなんかなかった。普通の女の子だった。一人でいても、ゴミ箱を漁っていても、殴られてもへっちゃらそうにしていた彼女は全然強くなんかない。



「何だか、弱いもの同士でかっこ悪いな」


「…そんなことない」


「えっ?」


「……かっこよかったよ、松野」


「……それは、この間の百瀬さんもだろ」


「ありがとうね」


「それも、お互いさまだろ」




誰もいない教室。百瀬さんの目にはまだ涙が残っていたけど、ふふ、と笑ったその笑顔に夕日が差し込んで綺麗だなと思った。床に散乱したゴミを片付けて、暗くなってから学校を出た。前を歩く百瀬さんの前へとまわって、少し冷たい掌をぎゅっと握りしめる。



「あのさっ!僕、強くなるよ」


「え?何急に」


「それで、百瀬さんのこと守る!」



百瀬さんは顔を赤く染めて目線を泳がせる。そんなの、プロポーズみたいじゃん。と呟いた。


「ぷろぽーず?」


「好きな人に結婚してくださいっていうことだよ」


「あっそうそれ!僕が強くなって、百瀬さんを守るから!結婚してくれる?」


「…うん」



あの時の俺は言葉の意味もよく分からずにやったあ!とはしゃいでいた。それから、強くなるために筋トレもした。ボロボロになっても喧嘩には負けないようになった。昔みたいに、あまり泣かなくなった。…いや、今でも泣くことはあるけど。


今日は数年ぶりに、大学へ行くと言ってこの街を出たるりが帰ってくる日だ。




「よう」


「カラ松!」



薄暗くなった駅まで迎えに行って、そのまま飲みに行こうと居酒屋へ向かった。久々に会ったるりははっきりとした性格は変わらなかったけど、以前よりずっと綺麗になった。子供の頃、プロポーズ(?)をした日からずっとるりが好きだ。飲みからの帰り道、るりがふと振り返ってじーっと俺を見てくる。


「な、なんだ」


「なんかカラ松、かっこよくなったね」



何気ない一言に心臓がどきっと跳ねる。平常心を保とうと顔には出さない、が…内心はめちゃくちゃ嬉しい。




「フッ…漸く俺の魅力に気づいたか?」


「えっなにそれ気持ち悪い」


「えっ…」


「なんかさ、身長もぐっと伸びたし掌だってこんなに大きいし声も男の人の声になった」



歩きながら手首をつかまれるりの掌と合わせられる。ドキン、ドキンと鼓動が掌から伝わってしまいそうだ。今が夜でよかった。明るかったら顔が赤いのがバレてしまう。



「なあ、るり」


「ん?」


「俺…強くなったぞ」



るりは一瞬きょとんとした後、「ほんとかー?」とにやりと笑った。


「…た、多分」


「まあ散々待ったしなー」


「世界のカラ松girlが俺を必要としているが…俺はお前だけのものだ。さあ、俺の胸に飛び込むがいい…!」


両手をさっと広げるけど、るりは冷めた目線で「いや、そういうのいいから」と断られた。なぜだ、決まったのに…!


「ふつーに言ってよ、ふつーに!」


「ふっ、ふつー?」


改めて向かい合うと緊張してしまってうまく言葉が出てこない。



「あー、えっ…と」


「…………」


「…き、だ」


「はっきり言え」


「ぐ…るりのことが…好きだっ!ずっと守るから。幸せにするから、結婚…してください」


「ぷっ、」


「なっ!なぜ笑う!」


るりは吹き出すとくすくすと笑い出した。人が真面目に告白をしたのに失礼なやつだ。


「や、だって暗くても分かるんだもん。カラ松が茹でたこみたいに真っ赤なの」


「〜〜〜っ!」


「や、でも。やっぱ素のカラ松が好きだわ。そーゆーとこ」



狡いだろ、そんなの。結局かっこつけられずに情けないままだ。その挙句、嬉しくて何だか涙が出てきた。あーくそっ、情けない!



「もー、何も泣くことないのに」


「なっ、別に、泣いてなんか」


「はいはい」


るりは小さい子供をあやすように背伸びをして俺の頭を撫でる。距離が近くなっていい匂いするし。何だかもうるりが好きで胸が苦しい。



「結婚してもいいけど、ちゃんと就職してよね」


「うっ…」


「じゃなきゃ殺す」


「はい…」




子供のころから弱虫だった俺達は、少しは強くなれただろうか。るりの小さな手を繋いで、歩き出した。
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