わたしは知っている。松野家四男、松野一松さんが百瀬るりちゃんという女の子に恋をしているということを。そしてその女の子も松野一松さんに恋をしているということ。…そしてお互いが想い合っていることに気が付いていないということ。ああ、因みにわたしはここ最近松野家に住み着いている猫なのです。主に一松さんにお世話してもらっています。

どうして二人が両思いだって分かるのかって?そんなの、見てれば分かるわよ。もうすっごく分かりやすいんだから。まさに今二階の部屋にはその一松さんがいて、るりちゃんが遊びに来てるんだけど。


「一松くん一松くん、構ってよー」

「あー?めんどくさい」

「けちっ!」


一松さんは自分の足の上に寝ているわたしの頭を撫でながら、るりちゃんに悪態をつく。普通女の子にそんな態度をとろうもんなら、泣かれちゃったり怒られたり嫌われちゃったりするのよ。
いつもるりちゃんは一松さんに構って欲しくて話しかけたりするけど、一松さんは素っ気ない態度。本当はるりちゃんのこと好きなくせに、構って欲しいのは自分だって同じなくせに、素直になれないのよね。ああもどかしい。


「じゃあいいもーん、他の誰かと遊ぶから!」


「そう。」


「………。」


るりちゃんはむすっとしながらも一松さんを横目で見つめている。一松さんはその視線に気付いているのかいないのか、知らん顔。まあこんなのはいつも見ている風景なんだけど。流石にもういい加減前進した方がいいんじゃないの、この二人。

るりちゃんが一階の居間にいこうと立ち上がった時に、一松さんの足の上から飛び降りるりちゃんの足下にジャンプした。わたしを踏みそうになったるりちゃんはよろけて一松さんの方へ倒れこんだ。


「わわっ!」「うわっ!」


二人は抱き合うようにして床に倒れ込んだ形になっている。お互い顔が茹で蛸のように真っ赤だ。


「あ…ご、ごめ…」

「…………」

「い、一松くん?」


もう二人の距離は数センチ。お互いの息がかかるくらいに近い。起き上がろうとするるりちゃんを一松さんが離そうとしない。数秒の沈黙のあと。


ちゅっ



「………っ!」


既に赤かった二人の顔はもっと赤みを増して、もしかしたら頭から煙が出るんじゃないかしら。一瞬だけのキスをされたるりちゃんは口をぱくぱさせて驚いている。


「今…キ、キス…」


「…構って欲しかったんでしょ。」


「そ、だけど…」


「ああ、それとも嫌だった?こんな塵屑にキスされて。そうだよね、当然ですよ。」


「ちがうっ!…寧ろ嬉しいっていうか…ずっと一松くんのこと好きだったから…」


後半の台詞はごにょごにょと段々声のボリュームが小さくなっていった。けど、距離が近いせいで一松さんの耳にはしっかり届いたようだ。


「あんまりそういうこと言われると困る。もう一回、したくなる。」


「えっ」


「僕のこと、好きなんでしょ。ほら。」


「ちょっと待って!あたしは一松くんのこと好きだけど…一松くんは…」


「…嫌いだったらこんなことしない。………あー、だからっ!僕も、るりのこと好き…なんだよ。前から。」



視線を外してやっと自分の想いを伝えた一松さん。少し声が小さかったけど。頑張った方なんじゃない?ほら。るりちゃんは驚きながらもとっても嬉しそう。


「もう、いつも冷たいくせに。分かりにくいんだから。不器用!ツンデレ!あほ!」


「うるさい黙れ。ほら、くち。」


「で、でも。」


「大丈夫、猫しか見てない。」


「ん…っ」


まーったく、世話のやけるお二人だこと。まあやっとではあるけどお互いの気持ちが伝わって良かったわね。猫しか見てないって、もうわたしの存在なんて忘れてちゅっちゅしてるくせに。あ、誰かが帰ってきたみたいよお二人さん。おーい。にゃあと鳴いてみるけれど、本当に二人の世界でわたしの声なんて聞こえてないみたい。


「ただいまー…って…はっ!?なに!?なんで二人がキスしてんの!?」


あーあ、見つかった。だから教えてあげたのに。一松さんとるりちゃんは顔を真っ赤にして慌てて離れたけど、もう遅いっての。



(誰に見つかったかはご想像にお任せします)

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