思えば、初めは何の接点もなかった。興味もなかった。クラスも違うし話したこともない。兄弟達が家で盛り上がっていた「どこのクラスの誰がかわいい」だとかそんな話には1mmも興味はなかったけど、その中にそいつの名前が出てきたことは後になって思い出した。僕以外の兄弟とは仲が良いみたいだった。まあ当然僕になんか話しかけようとも思わないだろうし、こっちから話しかけることもない。気持ち悪いと思われてるだろうし、寧ろ僕のこと知ってるのかなとすら思う。

そう思っていた。けど


「一松くん、もしかして猫好き?」


それが初めて彼女に声をかけられた言葉だった。そして何より不思議だった。同じ顔が六人もいて周りの奴らはみんなどれが誰だか分からないと言う。それなのに彼女は僕が四男一松だと当たり前かのように区別し話しかけてきた。それが、そんな些細な事が嬉しかった。


「………好き、だけど。何で知ってるの、あんた。」

「この間公園で猫抱いてるの見たんだ。」


存在すら知られてないんじゃないかと思っていたのに。そこで初めて、ああ自分も他の兄弟みたいに彼女に興味が無意識にあって、話してみたい、話しかけてもらいたいと思っていたんだと漸く気が付いた。


「よく見分けられるね。こんな同じ顔が六人もいるのに。あんたくらいだよ。見分けられるのも、他の兄弟達に対してならまだしも僕みたいな屑に話しかけるのもさ。」

「えっ、そう?分かるよ。一松くん優しいし。」

「……は、どこが。」


…何それ意味わかんねーよ。優しいって、そんなの言われたことないし。第一今ここで話してるのが初めてなのに何でそんなこと言えるの。


「だって、あんなに猫に優しいんだもん。冷たい人間はそんなことしないよ。」


「……勝手に言ってれば。」


ぶっきらぼうに言い放ったけど、ほんとは嬉しかった。何で他の兄弟達みたいに素直に喜べないのか、素直にありがとうと言えないのか。こんな奴が優しい訳ないでしょ。猫に優しいから人間にも優しいって?逆だよ逆。人間に優しく出来ない、怖くて逃げる、言葉を話さなくてもいい。だから猫にしか優しく出来ないんだよ。

隣をこっそり見ると笑顔で猫を撫でる彼女。鼻筋の通った横顔に似合う、綺麗な髪だなと思った。何だかこいつといると調子が狂う。その綺麗な髪にも、猫を撫でる白くて細い手にも、触れたいと思ってしまうから。こんな屑な自分が触れていいわけないのに。


「あたし、来週父の転勤で引っ越すことになって…その前に一松くんとお話したくて。」


心臓がドキッと鷲掴みされたみたいに飛び跳ねた。彼女が引っ越してもう会えないこと、自分と話したいと思っていてくれたこと。色んなことが頭の中で渦巻いて何も言えなくて、必死に口から出した言葉は「…そう。」だった。

嬉しいって言え、言えよ。


「あの、良ければなんだけど、名前呼んで欲しいなって…」


頬を赤くしながら目線を逸らす彼女は、鈍感で恋愛経験のない自分にも恋する乙女のように見えた。けど、何勘違いしてんだよと言われるのが怖くて一歩踏み出せなかった。それどころか、


「…は?やだね。」


言ってしまった後で後悔した。彼女の顔が見れない。なんで、なんで、なんで。自分はこんなにも不器用で弱虫で逃げてばかりで、素直になれないんだろう。今なら、まだ間に合うかもしれない。ごめん、嘘ですって。ちらりと彼女を見て、目を見開いた。


「あ…そっ、か。ごめんね!気にしないで!」


泣くと思った。のに、彼女が笑ったから。
困ったような、笑顔で。


開きかけた唇からは何も出てこなかった。
ごめん、も彼女の名前も。


「それじゃ、また…あ…、ばいばい。一松くん」


またね。と言いかけた彼女はばいばい。と言い換えて走り去っていった。もう会えないだろう彼女の後ろ姿を見て、今更言葉が零れ落ちた。


「…ごめん、ごめん……るり…」



言いたかった言葉と、呼びたかった名前。
あれ、なんだこれ。喉の奥がぐっと息が詰まる感じがして視界がぼやける。なんで泣いて…。


ああそうか、これが恋だったんだ。

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