※ リック夢。ニーガン夢要素有り。年下女夢主。両片思いすれ違い。



君を、ずっとみつめていた。

サヨナラ、君を

出会った時からおそらく惹かれ始めていたのだ。ただそれを示す術を、リックは知らなかった。今まで年の近い女性としか関係を持ったことのないリックにとって、一回り以上年下であるハルカに告白するなど「ありえない」ことだったのだ。アトランタで出会ってからずっと、仲間として家族として過ごしてきた。

だから見守ることにした。この美しく強い少女を見守ろうと、リックは決めたのだ。それなのに…。

「おやおやおや?」
「…っ…」
「気の強そうな、かわいい子猫ちゃんじゃないか」

ニーガンがハルカに興味を示した時、最初に頭に浮かんだのは「しまった」という言葉だった。アレキサンドリアが救世主たちの手に落ちてから暫く経ち、ニーガンが手下を引き連れて現れた日にそれは起こったのだ。

しまった。今日は救世主たちがアレキサンドリアにくる日だった。
しまった。彼女をニーガンから隠しておくべきだった。
しまった。しまった。しまった。

「こんなに愛らしいドールがいるなんてきいてないぞ…はやく紹介してくれればよかったのに。なあ?リック」

焦り始めた瞬間にはもう手遅れで、ニーガンは新たに見つけたオモチャ…ハルカをすっかり気に入ってしまっていた。

武装した手下たちを周囲に侍らせたニーガンがハルカに近づき、その威圧感と緊張感に固まってしまった彼女を至近距離で面白そうに観察している。

ニヤニヤと笑うニーガンの前で、ハルカは美しい顔をわずかに歪めて地面を睨んでいた。これから自分の身になにが起こるかを想像しているのか、それともニーガンへの嫌悪感故か。どちらにせよ、このままいけば彼女の未来は明るくないものとなる。

ニーガンの無言の合図に促されて、リックは二人の前に立つ。ハルカの肩が僅かにピクリと揺れ、その黒い瞳が不安げに揺れながらリックを見上げた。

「彼女は…彼女の名前は、…ハルカだ」
「ハルカ!いい名だ。アジア人か?俺はまだアジア人の妻がいないんだ…どうだ、興味はあるか?」
「…別に…」
「つれないな。…そのかわいい顔をもっとよく見せてくれよ」

ニーガンの黒い革手袋をはめた手が、ハルカの小さな顎をクイと上に向かせる。ニーガンがハルカの容姿を褒める言葉もその体に触れる様子も、すべてがリックを苛立たせる。けれどリックはこの男に逆らえない。その場にいる誰もがそれを理解していた。

「…っ…」

僅かに不安を滲ませたハルカの瞳がリックの方をチラリとみたが、苦々しい気持ちでみつめ返した後に罪悪感で目を逸らしてしまった。この子を、この愛しい少女を守ってやりたい。だがリックが少しでもハルカへの好意や庇護欲を匂わせれば、ニーガンはたちまち彼女を連れ去るだろう。ハルカへの純粋な興味だけでなく、リックへの罰として。

そんなリックの気持ちをしってか知らずか、ニーガンはもう片方の手をハルカの頬に添え、甘い言葉を囁き始める。

「スウィーティー、俺と一緒に来るなら悪い思いはさせないぞ?この先働く必要はないし、一生いい思いをして暮らせる。こんなしみったれた場所よりずっといい所へ連れてってやれる」

だから、俺とこい。
俺の妻になれ。

そう言外に告げるニーガンにリックのはらわたは煮え繰りそうだった。お前がこの子のなにを知っている。この子はお前なんかが触れるべきじゃない、綺麗な心をもった気高い存在だ。その手を離せ。その子は…その子は…!

湧き上がる感情を抑えるのに必死で、リックは気がついていなかった。ハルカが、心中で1つの決断をしていたことに。

ニーガンに頬を撫でられていたハルカがおもむろに口を開く。そこから紡がれる鈴のような声は、たしかな決意を滲ませていた。

「行ったら…貴方と一緒に行ったら、私の家族に酷いことをしないと約束してくれる?」
「家族?」
「そう。ここにいるアレキサンドリアの皆…そして貴方が連れ去ったダリルも。もう誰も殺さないで」

なんだって?リックの喉まで出かかった言葉は、悲痛な叫びへと変わった。

「ハルカ…なんてことを!」
「リックは黙ってて!」

思わず怒鳴りかけたリックをハルカがぴしゃりとはねつける。ハルカがこんな風にリックに口答えをすることなど今までではあり得なかった。それほど彼女の決意は固いのだ。瞬間的にそれを理解して、リックは絶望した。

「痴話喧嘩は終わりか?まあいい、答えはイエスだ。俺は物分かりのいい男だからな…まあ一切傷つけない、という約束はできないが、“殺さない”ぐらいの頼みだったら聞いてやれる」
「本当…?」
「ああ本当だ。ただしお前には妻としてしっかり俺に尽くして貰うがな」

ニヤリと笑って唇をペロリと舐めたニーガンが意味する「尽くす」とは、つまりそういうことだった。妻としてニーガンの所有物になる。妻として…ニーガンを愛し、肉体関係を持つということだ。

「ハルカ…!」
「おいおいリック、嫉妬深い男は嫌われるぞ?この子は自分で決めたんだ。いじらしいじゃないか…それで、答えは?」
「わかった。貴方の妻になる…これで満足でしょ」
「ハハ!調教しがいがありそうだな」

待って、待ってくれ。
そう思うのに、目の前であっという間に交わされた契約にリックは呆然とした。そして、理解した。彼女は彼女なりの方法で仲間を守ろうとしている。自分ではハルカの気持ちを変えられない。仲間を守ることすらできず、ニーガンの配下に下ってしまった自分では…!

「リック、これでいいな?」

わざわざ聞いてくるニーガンに「何を白々しいことを」という思考がとっさに浮かんだが、リックは地面を睨んだまま小さく頷いた。これは茶番だ。リックの物を奪う過程で、リックの自尊心を出来るだけ傷つけようとするニーガンの手法なのだ。みずともわかる。今頃ニーガンは満足そうな笑みを浮かべて自分の反応を楽しんでいるに違いない。

これはおそらくグループにとって必要な犠牲なのだ…。そうわかっていても、もうリックはハルカの目をまっすぐ見ることが出来なかった。下げた視界にニーガンのブーツと、そのすぐ隣に立つハルカの小さな靴がみえる。

ニーガンの手下たちを呼び戻す号令とともに無言で視界から消えたそれを、リックはいつまでも忘れられずにいた。

-

ニーガンがハルカを連れ去ってから数日後の夜、リックは自分の枕の下に小さく折りたたまれた紙が挟まっているのを見つけた。誰かがいつのまにか入れたのだろう、見慣れないそれを広げた瞬間、リックは呼吸を忘れ息を呑んだ。

『リックへ。突然ごめんなさい。最後に貴方にお別れを言いたくて、この手紙を書きました。どうやって届けたかは書けません。協力してくれた人に、迷惑をかけてしまうから。私が伝えたかったことは1つだけ。ずっと言えなかったけれど、私はあなたを愛していた。親子ほど歳が離れているのに、変だって思われるかもしれないけど。貴方のことをずっとずっと愛していたの。私は他の男(ひと)の妻になってしまったけれど、ここからリックの幸せを願ってる。いつも、いつも願ってる。私のことは心配しないで。ここにはご飯もベットもある。貴方がいないのは少し寂しいけれど、それもいつかきっと平気になる。きっと、平気になるから…。愛をこめて、ハルカより」

読み終わってしばらくして、リックは自分が涙を流していることに気がついた。それは後から後から溢れ出し、リックの頬を、髭を、シャツの襟を雨のように濡らした。

「俺も、だ…」

リックがハルカをずっと想っていたように、彼女もリックを愛していたのだ。それも、おそらくずっと前から。

「俺も、ずっと…ずっと君を愛していた…!」

涙に濡れたリックの呟きは、誰に聞かれることもなく夜闇に溶けて虚しく響く。手の中でくしゃりと握られた別れの手紙は、まさしくハルカからリックへの愛情であり、切ない告白そのものだ。ベッドルームで一人俯いたリックに、孤独と後悔が重く重くのしかかる。

見守るなどと決めておいて、気づけなかった自分の愚かさを呪う。瞬間、リックの中に怒りと共にある決意がその炎を灯した。その思いは、ハルカを取り戻したいと願う気持ちに他ならなかった。

今度こそ君を護る。

そう決意して、リックは勢いよくベッドルームを後にした。どうやるかのアテはない。それでもリックは、彼女へとむかう自分の足が止まらないことを今この瞬間誰よりも理解していた。

Fin.




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