人生なんてそんなもの



ぽかんと口を開けて空を仰ぐ。流れ行く雲を目で追っていると、ふっと視界が桃色に覆われた。

「何をしている」
「あ、エミリオ」

視界を遮っていた桃色のマントが翻ると、その持ち主であるリオン=マグナスことエミリオ=カトレットの不機嫌そうな顔が露わになる。
ーーあれ、ご立腹?なんて、ソラが思うのも束の間、リオンは手を伸ばして彼女の頬に触れた。勿論、愛しい恋人に愛情を注ぐ様に優しく…ではなく、苛立ちをぶつける様に思い切り引っ張った。

「ひははは、いはいんへふへほはひへ!(いだだだ、痛いんですけどマジで!)」
「何だ?何が言いたいのかさっぱり分からんな」

にたりと意地の悪い笑みを浮かべて、それはそれは楽しそうなリオンにソラは必死の抵抗を見せるが、心底楽しんでいる彼を前にしては全くの無意味となる。
ーーなんでこの子はこんなに楽しそうなんだろう。ソラがぼんやりとリオンの顔を見返して目を細める。彼は相も変わらず愉快極まりない様子。じとりとした彼女の視線さえも楽し気に流して頬を抓り続けている。

「どうした?お喋りなお前が黙るなんて珍しいな。前みたいに拾い食いでもして具合が悪いのか?」

いやいや、前みたいにってお前、私拾い食いしたこと無いんですけど。あくまで前例があるかの様に振る舞うんじゃないよ、このピンクマント白タイツ王子め。今後みんなの私を見る視線に悲壮感が込められる様になったらどうしてくれるのさ。
頬を引っ張られたままだから、どうせ上手く喋れない。それなら心の中ではせめて精一杯の反論と暴言を繰り出してやろうとソラは意気込み、そして何かにふと気付いた。
ーー畜生、いつも大人しくしてる私だと思うなよ。にやり、次に裏のある笑みを浮かべたのはソラだった。するりと右手を滑らせて辿り着いたのは愛刀の柄。利き手を動かせば明らかに抜刀すると察するだろう眼前の少年に気取られぬ様に、慎重に慣れない右手でコアクリスタルを突つく。愛刀の起きた気配を感じれば。
ーー時は来た。

「ひほほこははひひへははほひふふんへへなほうへんひははひほへっふいほ(人を小馬鹿にして楽しむツンデレな少年に裁きの鉄槌を)」
「誰がツンデレだって…?」
「ひはひひはひ!(痛い痛い!)」

なんで悪口だけピンポイントで聞き取れてるの!?ツンデレ発言により明らかに抓る力が増したが、ソラはここで諦める訳にはいかなかった。諦めたらそこで試合終了ですよ…誰かの声が聞こえた気がした。

「はひはへはへんほはんはひへんへー!(諦めませんよ安西先生ー!)」
「?」

ソラは、ふっと笑って勝者は己だと知る。どうやらリオンには悪口しか聞こえない。
ーー詠唱も安西先生も聞き取れていないのがあなたの敗因ですよ!
リオンが気付くより早く、抜刀士としての腕前を披露する。瞬時に抜かれたアポカリプス、その閃く切っ先は真っ直ぐにリオンを捉えた。

「ほはっは!ふはえひほはん!(貰った!食らえピコハン!)」
「なっ…!」

ピコン。可愛らしいハンマーの出現とほぼ同時に倒れ込むリオン。芝生に転がる彼を満足気に見下ろしてソラはにこりと笑った。

『へっ、ちょろいぜ』
「甘いね」
『ちょろ甘ですね…じゃなくて!何やってるのソラ!アースも!』
「なんとなく」『何と無く』
『いやいや、何と無くで坊ちゃんを昏倒させないでよ!』

珍しく軽いトーンで口を開くアポカリプスにソラ、そしてシャルティエまでもがつられる。既に足元に転がるリオンのことなど皆忘れかけていた。

「じゃあ、ええと…ムカムカしてやった、今は反省している」
『それ最早テンプレート化した犯行動機だよね!?しかも君の顔から反省の色が全く窺えないんだけど!』
『反省なんかしたら、そこで試合終了じゃねえか』
『どんだけ君は横暴なの!?っていうかこれ何の試合!?』

ぎゃあぎゃあと喚くシャルティエを他所に、ふらりとソラは歩き出す。二三歩歩いて、未だ芝生に体を預けているリオンを一度振り返り、へらりと笑った。

「エミリオ、たまにはのんびり休んだ方がいいんじゃないの?」
『え、それってもしかして…』
『俺とソラの気遣いを無下にするんじゃねえよ、阿呆ソーディアン』

もしかして、最近仕事に追われていて疲れている坊ちゃんを気遣って…?
そんな考えが過って、ハッと気付く。

『いやいや、坊ちゃん昨日から三連休だからね!お休み真っ只中だからこんな強引な休ませ方は不要だよ!?』
『おいやべえよ、通り魔的な犯行だとバレたぞ』
「通り魔とか物騒だなあアースは。カッとなって気付いたらこうなってました的な犯行って言ってくれないかな」
『物騒さが軽減されてないよそれ!』

相変わらず、へらへらと楽しそうなソラ。横たわるリオンの横にある花壇には、ラベンダーすらも楽しそうに風に戦いでいる。

「じゃあ、謝罪会見の時間までゆっくりしてようか」
『…坊ちゃん相当怒るだろうなあ』
『その時はフォロー頼むぜ、シャルティエ』

こうして三人は、リオンが自然と目を覚ますまで庭で戯れていた。むくりと起き上がったリオンがソラにアッパーカットを食らわせるまで、あと僅か。


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