▼ trick
とある古びた屋敷の前を、二人の侍女が彷徨っていた。
「……全く、なんだってあの子はこんな屋敷に入って行っちまったのかねぇ」
「知らないよ、そんなの……ほら、ちゃんと見つけないと旦那様に怒られるわよ」
「ほんと……ねぇ、お嬢様だってもう永くないわよ」
「でもあたしゃ嫌だよこんな所に入るの!あんた、いっとくれよ」
「えぇ、だってここ、あの人喰い鬼の館よ?怖いったらありゃしない……」
真昼間とはいえ、辺鄙な場所にある廃屋は異様な雰囲気が漂っていて、お屋敷から抜け出した病気のお嬢様が迷い込んだりしなければ、こんなところに入るなんてことは決して無かったのだ。
「しかしねぇ、お嬢様もよくやるわよ。目が見えないのに、真夜中に一人で抜け出しちゃうなんて」
「それでもう一週間も見つかってないんでしょ、大丈夫なのかしらね、全く……」
侍女たちは屋敷に入るのを躊躇っている。
大きな扉の前、甲高い話し声が辺りに響いていた。
「……でも変ね。いくら活発な子供だからって、目が見えないのにここまで一人で来れるのかしら?」
「ねぇ、もしかしたらさ、……誰かがお嬢様を逃がすお手伝いをしたんじゃないの?」
「まさか!」
流行り病に侵され、ただ死ぬのを待つだけの娘。
それを哀れに思ったか、疎ましく思ったか。
侍女たちの間に戦慄が奔った。
「もしかして旦那様が……お嬢様を……?」
「…………まさか、ね」
ギィ、と重たい音が鳴って、扉が開く。
明かりの無い薄暗い部屋に、扉の隙間から光が差し込んでーー……。
「っーーー!!お嬢様!!」
侍女たちの悲鳴が屋敷の中に響いた。
そこには血塗れで横たわる少女と、その少女を抱きかかえるようにして蹲る少年が、安らかな表情で事切れていた。