「クレアです。よろしく」
 その顔を初めて見たとき、僕はきっと、相当に驚いた表情を浮かべてしまっただろうと思う。気を悪くさせたかもしれない。それくらい、正直に言って驚いた。
 彼女が、笑っていたから。
 頭の中に甦る光景と目の前の彼女とが、額の中と瞼の裏で交互に重なり合って、動揺していたことはごまかせない。カーターさんが助け舟を出してくれなかったら、僕はきっとあのまま、もうしばらく彼女のことをまじまじと見てしまっていただろう。
「クレアさん、か。にこやかな人でしたね」
「……はい」
「ははは、驚いたって顔をしているよ、クリフ。あんな、幽霊でも見るような顔をするのは止めたほうがいい」
「分かってます。分かってるけど……、仕方ないでしょう」
 短い挨拶を交わして彼女が出て行った後で、椅子に座ったまま、ようやく強張っていた体の力を抜いた僕を見てカーターさんはそうですねと笑った。頭の中でちかちかと、まだ先ほどの彼女の笑顔が幻でも見たように揺れている。僕は、肺の底から空気を吐くように呟いた。
「―――傷だらけで倒れていた女の人が、二度目に会ったらあんなに元気に笑ってるなんて。誰が想像できるっていうんだ」
 動揺がそのままふてくされたような声になって、カーターさんが苦笑する。彼女は知らないようだったが、僕にとって、彼女の顔を見たのはこれが初めてではない。
「ザクが気を遣ったんでしょう。非常事態だったとはいえ、年頃の女性にとって、見知らぬ男性に手当てを受けたなどと聞いたら、余計に困惑させるかもしれませんから」
「……僕がやったのは、本当に応急処置だけだよ。息も浅かったけれどしていたんだし」
「聞きましたよ。ほとんどの治療はエリィが行ったそうですね」
「うん」
見間違いようもなく、彼女は、彼女であった。オルガンの横に置いた花瓶の水を取り替えてくると言って、カーターさんが出て行く。一人になった教会で天井を見上げて、僕は目を閉じた。
 頭の奥に甦るのは、冬の終わりの冷たい海岸で。ぼろぼろになって倒れていた、彼女の姿。長い金の髪が砂に汚れ、体中に細かい傷があったけれど、奇跡的に大きな怪我は負っていなかった。発見したザクが慌てて町長とドクター、エリィを呼びに行くと言い、たまたま通りかかった僕が応急処置を申し出た。ザクの家から水を貰って、目立った傷を洗ったり呼吸があるかどうかを確かめたりした程度だったのだが。
「……クレアさん、か」
 よろしく、と。まるで引越しでも済ませたような顔で笑っていた彼女の、空色の眸を思い出す。目が開くまでは傍にいなかった。二度目に見るのがあんな顔になるなんて、あまりに驚いて、同時に少しその気持ちは分かる気がして。手当てをしたことを言い出さなかったのは、正解だったかもしれない。
 瞼を上げれば、眩しい光が目に入る。季節はすっかり春だ。僕は一旦、彼女のことを考えるのは止めにして、眩しさから目を逸らすように下を向いて祈った。

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