手首:欲望:カミルとサト


「カミルくんって、花屋さんなのに綺麗な手だよね」
 パチン、と使い慣れた鉄の鋏で下方に残された葉を落とす。決して規則的とは言えないが、このワゴンには心臓の音のように馴染んだその音の合間に、僕は思わず瞬きをして隣を向いた。
 小さな椅子に腰かけて今朝の食事やら昨日の雨の話をしていた彼女の声が、そういえばいつから止んでいたのだったか。少し作業に気がいっていて、話の終わり頃が曖昧だ。
 ごめん、と言うと彼女は僕の謝るところに正しく気がついて、別にいいよ、と笑った。仕事中の時間をちょっと分けてもらってるんだもの、といつも口癖のように言う。
 もっと、遠慮せず話していいのに。僕は自分のワゴンの奥に、彼女がいる時間が楽しみなのだから。
「ありがとう、でいいのかな。手なんてあんまり気にしたことなかったけど」
 空白に生まれた会話が消えてしまうのが惜しくて、なんとなく話を後ろへ戻す。ぽん、と作業台の上にサトが手を乗せた。
「花屋さんって、水とか使うでしょ? 葉っぱや棘で切ったりもするだろうし」
「傷はなくはない、けど?」
「でも、私よりずっと少ないんだもの。いいなあ」
 ため息と共に、ぱたぱたと動かされた手を見て思う。細い指だな、と。
 会話の主題になっている無数の小さな傷よりも、そちらのほうに気がいってしまって思わず隣に手を翳した。サトは傷を比べているのだと思ったらしい。何の疑問も持たず、鋏を置いた僕の手に手を合わせる。ううんと難しい顔になったと思うと、唐突に掴んだ。
 触れそうで触れなかった距離がゼロになって、自分以外の温度に肌がぴくりと緊張する。ひっくり返したり握ったり、何を確かめているのか、彼女はしばらくそうしていた後でぽつりと呟いた。
「色も白い……」
「えーと、それも一応褒められてるのかな……?」
「もちろん。あ、ねえ見て、同じところに黒子ある――」
 ぱ、と。嬉しそうな表情が上を向いた。瞬間、無意識だったのだけれど、僕の手はそのときを待っていたらしい。
 自由になって最初にしたことは、彼女の手を握ることだった。まるで恋人のように、指に指を絡めて。
「へ……」
 驚いたように小さく上がった声を、聞こえていたのに聞かなかったことにしてしまった。細いな、と思っていた指が、今は自分の手の中にある。
 一度そうしてしまうとよく分かった。僕が、本当は最初からこうやって、彼女の手を取ってしまいたくてたまらなかったのだということが。気づかないふりをしていたのに、あんまり無邪気に触れてくるものだから、ついつい隠した心が顔を覗かせる。
(僕は、君が好きなんだよ?)
 戸惑いながら頬を赤くしている彼女を見て、知らなかっただろうけど、と心の中で付け加えた。繋いだ手を引き寄せる。抗議の声はまだない。
 小春日和の冷めた空気と、相反する眩しさが目に毒だ。日差しに照らされた、象牙色の手首。くたりとしなやかで花首を思わせるそこに、鋏の代わりに唇を当てれば。
「カ、カミルくん、あの……っ!?」
 ようやく聞こえた制止の声に、少し笑った。
「な、何して」
「仕返し、かな? サトがあんまり楽しそうに触るから、僕も」
「っ!?」
「……なんてね、冗談。本当はずっと、こうしたかっただけ」
 真っ赤だった顔が、さらに赤くなっていく。あまり困らせて嫌われたくはないな、と思ったけれど、同じくらいにまだ手放すのが惜しくて。もう少しだけ戸惑ってもらってもいいか、なんて、意地悪が顔をもたげる。
 ――君は少し、僕の気持ちを知らなすぎたね。
 そんなところを可愛いと隣で眺めているだけでは、そろそろ。



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