空を聞く


「――はい」
 ふと、呼ばれたような気になって。振り返ればそこには、夕暮れの海が広がっていた。寄せては返す波の音は、貝殻の中に閉じ込められていた海が一斉に零れだしたように果てしない。その狭間に、空を聞く。
「ああ、少し恥ずかしいですね。……空耳というのは」
 そういえば先ほどまで、彼女のことを考えていた。だからなのだろう。それにしても、波の中にまで彼女の声を聞いたつもりになるとは、思いもしなかった。彼女の声は、どちらかといえば日溜まりに似たものを感じる。似ても似つかないこの場所に、あるわけがないのに。
 旋回する灯台の光を見つめて、一人。唐突に可笑しくなって、息を潜めて笑った。
 ――タオさん、と。重なる記憶の中で呼びかける人が鮮明すぎて、目を閉じればもう一度、空耳を聞いてしまいそうだ。今日は顔を見ることができなかったが、明日はどこかで会えるだろうか。空耳かもしれないと思いながらも、彼女の声が聞こえれば、また私は振り返るのだろう。本当の、彼女がそこにいたときのために。

「――タオさん」


(タオとヒカリ)



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