「魔法をかけてあげますよ」
青臭い風が通る。丘は緑だ。小さな街の、広場脇。忘れられた休息地。
電信柱のスピーカーからは流行りの音楽が流れている。
「どんな魔法だよ」
視線を遠くに投げたまま問う。ここからは広場の人々が良く見える。平和な午後。
「それを言っちゃあ面白くないんじゃないですか?」
隣の女は俯いて手遊びのように地面に咲いた白い丸い花を次々に千切っている。プツリプツリと小さな悲鳴。
「じゃあやめてくれ」
「なんでですか」
「怖いから」
「失礼な。魔法ですよ、呪いじゃなく」
「内容によっちゃ同じじゃないか」
「それは確かに」
また風が通る。ザアア。
「でもかけますよ、魔法なんで」
プツリ。プツリ。
「魔法だもんな」
「嫌がっても一方的にかけられますから」
そうなんだろうな。
そう思った所で隣の女が立ち上がる。謀ったように背後から強い風が吹き下ろす。それに乗せて千切った白い花を女は放った。ザアア。何か呟いたようだが風にかき消されて聞こえない。
風に乗って一旦天高く舞おうとした花達は、途中で力尽きたように眼下の広場に降っていく。広場の人々が驚いて空を見上げる。平和な午後の小さな事件。
「今魔法をかけました」
その情景を眺めている、女の、その後ろ姿ごと景色として見ている自分は一瞬考え、口を開く。
「即効性はないみたいだな」
おかしそうに笑う。振り向く。
「魔法ですよ?すぐ何だかわかっちゃったら有り難みがないじゃないですか」
だから、楽しみにしていて下さいね。
※ ※ ※
記憶の中の景色は掠れた目に映る現実とは違って酷く色鮮やかだ。特に最近は現実の音が遠のいたせいなのか、音声までもが。今この瞬間耳朶に届いたように質感を伴い、過ぎた時間を惑わせる。
風の音。踏む草の音。広場から微かに届くその時代に流行っていた音楽。
遠い遠い人の声。
楽しみにしていて下さいね。
「随分勿体ぶるじゃないか」
独り言ちた声も記憶とは違い弱々しい老人の声だ。
「ああ、楽しみにしているさ」
効果のほどは知らないが、とにかく魔法はかけられたのだ。
Be enchanted.
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