気がつくと、道を歩いていた。
普通のアスファルトの細めの道路、両側には民家や商店が立ち並んでいる。規則的に電柱が並び、その上の青空には大して多くも少なくもない白い雲が浮かんでいる。
ああ、夏の昼間なのかな。
視界がやけに明度が高くて白っぽいし、小さな太陽がほぼ真上でギラギラと光っている。なのに不思議と暑くはない。
「あ、来たね、リラ」
声がしたので見ると隣に男が歩いていた。
「うん、久しぶりだね京介」
誰だろうと思っていたはずなのに口から勝手に声が出ていた。
「前からは何年経ってんだろうねー。景色は結構変わってるみたいだけど。」
「何十年とか経ってるハズだしやっぱり変わるって」
「そういうものだね。生まれるたびに全然違うさ、時代も世界も」
そう言って少し隣の男が黙ったので。
もう一度周りの景色を見てみた。白っぽい世界には私たちの他には誰もいないみたいでひどく静かだ。町並みに見覚えもない。
「私達って何してるの?」
「海に行くんだよ」
「歩いて?」
「うん、歩いて」
「遠くない?」
「遠いのかな?まあ朝までにはつくさ」
何か変な気もしたが。
特に気にならなかったのでふーん。と言っておいた。
「この世界はずいぶん平和みたいだねぇ」
隣の男がまた話し出した。
「少なくとも銃弾が飛び交うような世界ではないよ」
「そんな世界で暴れてたこともあったしね。ふーん、平和なのか。じゃあ今度は俺らもっと長く一緒に居れるのかな。なんだかんだいつも会ってから数年でどっちか死んじゃうしねー。」
「だからこそこんなずーっと一緒にいるのに飽きないとも言えるんじゃない?」
「アハハ、それもそうか。でもおばあちゃんになったリラも見てみたい気がするけど」
「そうなったらアンタも年取った姿私に晒すんだよ」
「大丈夫じゃないー?きっとお互い若作りな年寄りになれるよ」
「年取れたらね」
自分でも何話しているのかよくわからないが、なんだかそれで当然のような気がしたのでそのまま話しながらダラダラと歩き続けていた。景色は大して変わらない。
「リラその姿14か15ってトコ?」
「うんそのくらい」
「年もとらないけどもっとガキの時にも会えないよねー。今までもせいぜい10代から20代くらいまでなんだよな」
「アハハなんかの呪いだったりして。」
「それありうるよなー。身に覚えがないけど。でもそれにしちゃ何回生まれても前の記憶持ってるわけでもないし。別に派手なことしてないよねぇ。世界征服とかさー」
「世界征服!一回くらいしてみてもよかったかもね」
「ねぇ。まぁもうこんな時代じゃ無理かな」
いつのまにか道は上りになって来ている。
「この時代の俺は今何やってるかなー」
ふと思いついたように京介が言った。
「私と会う前のアンタなんていっつも女と遊びまくってるよ」
「たぶんそーだろね。まぁ暇なんだよリラに会えるまで」
「私はアンタに会うまでの平和さを噛み締めてるよ」
「うーんでも夢に出れるってことはたぶんもうそろそろ」
「夢?」
立ち止まった。
「なにしてんのー。ホラ、海行かなきゃ」
立ち止まった私の手を引っ張ったので私もまた歩き出した。
「そういえばなんで海行くの?」
「リラ行きたくないの?海」
「そんなわけじゃないけど」
「じゃあいいじゃん」
やっぱりなんか変な気がする。
「どこの海がいい?アドリア海とかグレートバリアリーフとかいいよね、綺麗で」
京介が呑気に言う。
「ここ日本じゃないの?」
「そうだけど、ほら海って全部繋がってるから大丈夫なんだよ」
やっぱり意味がわからない。
「海だけはどんなに時代や世界が変わっても変化が少ないからちょうどいいんだよ、で、何処がいい?」
「…じゃあハワイのオアフ島で」
「了解ー。じゃあそこの曲がり角曲がって」
曲がればそこはいきなり道が舗装されていない土の道で、両脇にはヤシの木が生えハイビスカスが咲き、南国特有の甘い匂いが漂っていた。やはり全体的に白っぽかったが。
「ハイオアフ島。うん此処からなら海も近いねー。」
平然としている京介とは反対に呆然としてしまった。
ちょっと待ってコレどう考えてもおかしいでしょう、本当に夢みたい、てゆうか、
「コレ夢じゃん」
一気に気がついた。そういえば自分自身の姿を上から見るような視点になってるし。
「あ、気づいちゃった?じゃあ今日はここでお別れだね。もうちょっとだったんだけど。ホラあそこ。」
気づけば下り坂のずっと先にキラキラと夏の太陽の光を受けて輝く海が見えた。
「あそこまで行けばまた会えたんだけどねー」
ちょっと残念そうに京介が言う。
私はなんだか取り返しのつかないことをしてしまったような気分になって少し焦っていった。
「もうちょっとだし、あそこまでなら起きずにいけるよ」
「イヤ、もう無理だよ。でも大丈夫、近いうちに本当に会えるさ。」
そう言う京介の顔を見ようとしたが、もうその顔は白くぼやけていてハッキリしなかった。驚いて彼の名前を呼ぼうとしたのに、なぜかさっきまでは普通に呼んでいた彼の名前が思い出せない。そのことがひどく悲しかった。
「ちょっと、ねぇ待って、」
「んー、そんな悲しそうな顔されちゃうと俺も辛いな。大丈夫だよ、起きたら夢のことなんて忘れるんだからさ。じゃあまた、リラ。今度は海に着けると良――――」
その声もどんどん遠くなり、その代わりピピピピ…という音がどんどん近づいてきた。
パチ、と眼を覚ますとそこは自分の部屋のベッドの上だった。
とりあえずけたたましく鳴る目覚まし時計を止め、少しぼーっとしていた。
なんだか夢を見ていた気がする。海、に行こうとしていたのだったか。隣でずっと話していたアレは誰だったのだろう。なんだか酷く懐かしいような気がしたんだけど。
少し気にはなったが、学校に行く頃にはもう全て、忘れていた。
夢の通い路
◎Return to contents?