ピエール・エルメ。ガレー。ノイハウス。



「年上からもそれなりに貰ってるのね」

色とりどりのラッピングの山を適当に漁りながら京介に言う。

「うん?わかる?」

流石に今日は疲れたのかソファーにだらしなく寝そべった京介が答える。
14日ももう終わろうかという夜だ。

「こういう高級チョコレート買うのはそうじゃない?」

「まぁ子供じゃこうはいかないね」





またラッピングをビリビリと剥いて中を見る。
パスカルカフェ。ヴィタメール。





「てかなんでリラも結構貰ってるの」

寝そべったまま、ラッピングにくっついていたカードを摘んでさして興味もなさそうに見ている。

「貰えないと思うと逆に渡してくる輩が」

逆チョコなんて言い出す前からそんな奴はいた。日本以外の習慣からすればむしろ普通かもしれないが。

「うっわ手作りまであるし!」

「まさか食べれないわよ、怖くて」





ジャン・ポール・エヴァン。デメル。リシャール。





「手作り抜いちゃうと数減るなー」

「京介。安い人間に多く好かれるより、少ない人数でも人間として価値ある人に愛されるべきよ」

「なんか良いこと言ってる風だけど、自分の好きなチョコレートが見つからなくて気に食わないだけじゃないんですかリラさん」

「勿論」





ピエール・マルコリーニ。ゴディバ…だけどこれは違うか。





「ていうかコレでしょ、リラが探してるの」

その言葉に京介の持ち上げた右手を見ると、そこには探していたゴディバのオランジェ。

「ふぅん」

思わず笑顔になってそれを受け取るのを京介がいつものように胡散くさく笑いながら見ている。

「リラ好きだもんなこれ。地味だからあんまりバレンタインには選ばれないけどさ」

「京介のくせに良い物選べる素敵な人にも好かれてるみたいじゃない?誰のこれ」

「俺」

胡散くさい笑顔のまま言う、ので一瞬固まった。

「あんたが」

「俺からリラにあげようと思って買ったんだけど」

胡散くさい笑顔がニヤニヤとした楽しげなものに変わっていく。

「俺、リラの言う素敵な人なんだ」

「褒めるんじゃなかった」

こんな奴に騙されたなんて、と剣呑になるのを自覚しながら見返せば、そこには何かを期待するような目つき。まさか。

「…私からは何もないけど」

「えぇ!」

やっぱり貰えると思ってたのか!

「てかなんで普通に貰えると思ってたのよ」

「てかなんで普通に貰えないと思うって思うの?」

普通にムカつくわねこいつ。

「やる訳ないじゃないあんたなんかに」

「えぇえ!なんで!」

「なんでも何も。沢山チョコレート貰うあんたにあげてもまず稀少価値がない。故に有り難みが全くない。わざわざあげてこのチョコの山に埋もれちゃそれはもう不愉快じゃない」





ラデュレ。レオニダス。ダロワイヨ。





目の前の綺麗にラッピングされたチョコレート達。幾人もの女の子の気持ちが篭った結晶達。これだけあってまだ欲しいなんて。

「それはまぁねぇ。俺だし。くれるものはしょうがないよね」

エヘ、と小首を傾げて可愛こぶって笑うのが似合わない訳じゃないがやっぱりイラっとする。

「そう、くれるものはしょうがないんで、このオランジェはありがたく頂いておきます。どーもありがとー」

そういって話を終わらそうとさっさと立ち上がる。さて、このオランジェになら赤ワイン。ヴェネト州のド渋いのがあるからあれで。

「リラひどいー。貢がせるだけ貢がせて俺にはくれないなんてー」

京介がベットに寝転んだまま、わざとらしく泣き真似なんかしている。

「チョコぐらいで人聞きの悪いこと言わないで。しかもこれだけ女の子の気持ち貰うだけ貰って踏みにじるあんたがそんなこと言うの?」

「踏みにじるなんて失礼な。俺はちゃんと報いるよ。しかも少なくない人数に」

「なお悪い」

言い捨てて一応グラスを2つ持ってテーブルに戻る。いつも部屋に入り浸られてるんだからチョコレート一つじゃ割りに合わないくらいだっての。
テーブルまでグラスとワインを持っていくと京介に、ん、と手を出されたので渡したら手慣れた仕草でコルクを抜いてくれた。こういうところは手抜かりないというかわきまえてるというか。

「じゃあリラ、俺が誰にも貰わなかったら、チョコレートくれる訳?」

2つ並んだワイングラスに優雅な手付きでボトルを傾けながらなにげなく京介が聞く。トクトクトク、と葡萄色が注がれる音が心地良い。

「まぁそんな悲劇が起きればね。とっても笑えるでしょうし愉快で気分が良いだろうからあげるかもしれないわね」

注がれた一つのグラスに手を伸ばしながら答える。ていうかそんなこと起こる訳ない。性格がばれたとしたってこの顔だから。

注ぎ終わってボトルの口をポーションで拭った京介が、それを聞いてこちらを横目で流し見、片頬を持ち上げた。間違ってもニッコリって表情じゃなく、当てはまる擬音はニヤ、とかニイッとか。

「その言葉忘れないでね」

「はぁ?」

「来年は用意しておいた方が良いと思うよ」

なんだか思惑ありげに匂わして京介もグラスを傾ける。あ、美味いねこれ、なんて気なことを挟んで、

「いやー俺もねー、大量に貰うだけってのも毎年だとそろそろ飽きてきたしー?確かに稀少価値があるもの一個ってのも面白いかもしれないよねー?」

ねぇリラちゃん?と先程の笑顔のまま言ってくるので。

「無理でしょう」

現実的な答えを返す。が、

「手段はいろいろあるさ」

楽しみだねー、と機嫌良さそうなこの男に。
え、来年はあげるのかチョコを。しかも、ねぇ。他の子に貰ってない中で?
だったらその他多勢の中に埋もれさせた方がよっぽど良かった、とげんなりして眉間に皺を寄せて。いると、その原因によって口元に差し出されたオランジェ。パク、とかじると。餌付けしてるみたいだと笑われた。そしてどう、甘い?とそのままの笑顔で。

甘い、は甘い。甘いに決まってる。けど。
なんなんだろうこの感じは。

なんだかこんな奴相手に恥ずかしくなってそっぽを向いた。京介からは甘いよねぇ、なんて声が聞こえる。

そんなの甘いにきまってる、けど、
ほんと、言わなくて良いのに。そんなこと。

甘いのはチョコレートの味か来年に予想されるその状況か。勿論前者、と結論付けて。





レダラッハ。バビ。ラ・メゾン・デュ・ショコラ。





来年本当にあげることになったとしても、絶対ビターにしておこう。



ショコラ・ア・ラ・カルト






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