艶めく夜よ、春の嵐よ




今夜は所謂花嵐。
昼からの春雨は段々と強まる桜東風と合わさり、立派な春の嵐と相成った。
ちょうど今が満開の桜には大打撃だろう。先程から温い雨に混ざって舞飛ぶ桜の花びらが、差しているビニール傘に張り付き、ずしりと重みを感じる程になっている。
嵐の夜って、逆に外に出てみたくならないか。特に春の嵐は動物を落ち着かなくさせるものだから。眠りから覚めて動きはじめろ、そう促す春の嵐だ。
だから、このところの雨続きで相当萎れてるであろうあの雨嫌いの猫も目覚めさせなきゃな、といい加減に歩き慣れてきたリラの家への道を歩いている訳だ。

部屋に入るとまだ夜も遅くはないのにもう電気は消えていた。
ベッドの上には丸い固まり。

「やっぱり寝てるのかリラ」

近づいてみれば毛布がもぞりと動き、リラが顔を出した。

「・・・怠い」


俺も電気を付けないままベッドに上がりゴロリと転がる。

「風も雨も酷かったからなー、外は」

「・・・今年の春は雨・雨・雨・・・私に恨みでもあるのかしら」

「今年の東帝はきっと女だな。リラは同性にモテないから」

丸まって怠そうにしているリラの頭を撫でる。そうすると目を細める表情が本当に猫みたいだ。

「東帝もそうだけど、春の猫、も季語だな」

ふと思い付いてそう言うと、

「猫恋の季節だものね。でもこんな雨続きじゃ猫も恋なんて出来ないわよ。家で丸まってるわ」

「こんなふうに?」

「人をどれだけ猫扱いしたいの」

「リラは猫なら飼い猫だな。高級品種で毛並みもツヤッツヤ。飼い主にすごい大事にされてて『この子は私がいないと生きていけないわ!か弱いから外に出たりしたら死んじゃうかも』みたいに思われててさ」

「うん」

「でも実は飼い主のいない隙に外に遊びに行って鼠とか鳥を平気で捕まえてたり野良猫と喧嘩して勝ったりしてるような。で、飼い主が帰ってくる頃にはケロッと家で毛繕いとかしてる、そんな猫」

「妙にリアルな想像ね」

「リアルに想像つくからね」

取り留めもない事を話していると、暗い部屋が一瞬ピカッと光った。その後しばらくしてドロドロと重低音。

「ああ初雷じゃないかコレ」

ベッドのすぐ脇のカーテンを開けて見てみると、雨が一段と強くなったようだった。

「京介、今の雷何色だった?」

「え、意識してないから解らなかったけど。何で?」

「冬の雷は青で夏は赤なんだって。じゃあ春雷は紫とかかなと思って」

「へぇ、紫雷か」

「きっと綺麗よね」

怠そうに体を引きずってリラも窓の近くに寄ってきた。

「今のリラの動きゾンビみたいだな!」

「失礼な。かろうじてゾンビよりは生き生きしてる」

「そりゃしてなかったら本物の死体だからね」

窓枠に片肘をついて外を眺める俺の横にリラも並んで座り、腕を窓枠に掛けて顎を載せる。

「見えないかな、紫の雷」

「春は稲妻走ること自体珍しいからどうだか。でも見てみたいな」

ザァザァと降り続く春の雨を2人で眺める。時々空が光るが、稲妻は見えない。

「明日晴れたらさ」

しばらく無言だったが、外を見たままぽつりとリラが呟いた。

「うん?」

「どこか行かない?」

「あれ珍しいな、リラから」

「雨続いたから外出てないのよ」

「不健康だな。じゃあ何処に?」

「うーん・・・」

「何かしたい事ある?」

「特に無いんだけど」

「でも出たいの?」

「やっぱりどっちでも良いかな」

「珍しいな、リラが優柔不断だ」

俺もなんとなく考える。何処かに行った場合の明日。晴れたなら確かに山は笑い竜天に舞い上がる春の日だ。楽しいかもしれない外での一日。
一方、出掛けない場合を考える。部屋にいる明日。暖かい春の陽気に、いつも通りにぐだぐだ過ごす。リラとくだらないこと話しながら。特別ではないが、それもきっと良い一日だろう。

「確かにどっちでもいいなー」

そこまで考えて言うと、リラが隣で小さく笑う。

「見えるかな、雷」

「見えたらいーね」

またそう交わしあって、いつまでも窓の外を見ていた、どうでも良くてありふれた、でも素晴らしい思い出の中の夜。

次の朝。

いつのまにやら寝ていた俺達だったが、起きた途端にリラが吹き出した。

「なんでベッドに桜の花びら散ってるの?」

「え、本当だ。何で?」

少し考え、すぐに気付く。どうやら昨夜花びら舞う嵐の中を歩いてきた俺の頭に花びらがくっついていたらしい。

「まだついてるし」

「てかすごい落ちて来るよコレ」

笑いながら取るがひどく沢山の花びらが。

「シャワーするしかないなこれは」

ベッドから立ち上がり、ついでに大きな窓のカーテンを引けば昇った太陽の光が部屋に差し込む。

「晴れたわね」

「そうだなーじゃあ」

振り返って、笑いかける。

「今日という素晴らしい春の日をどうするか、シャワーから上がったら話し合おうか」

まだ一日は、始まったばかり。


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テーマ「春の季語を入れまくれ!」
結果:山無し落ち無し





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