「うーん・・・あー・・・」
うちの2人掛けのソファーにゴロンと細長い長身を投げ出し、頭の下に組んだ両腕を枕にして寝転んでいる京介が先程から何やら悩んでいる。
「どうしたの?さっきから唸っちゃって」
てゆかそこどいて邪魔、とそのソファーからはみ出している無駄に長い足を持って下に投げ落とし、開いたスペースに腰掛ける。ゴツンッ、骨が床に当たった嫌な音が割と大きく響いて京介が呻いた。
「痛あっ!もっと丁寧に扱ってよ」
「ならデカイ図体で場所取らないで」
「このソファーが小さいんだよ。もっとデカイのを購入することを提案します」
「部屋が狭くなるから却下。で、何珍しく悩んでるの?」
「よくぞ聞いてくれました」
京介は寝ていた所から足だけ下に落ちただらし無い体勢から体を起こし、足を組み手を顎の下に当ててゆったりと座り直した。このポーズのイメージはきっとこの間見た映画のシャーロックホームズ。一々やることが演出じみてて胡散臭い。
「俺は今、古今東西あらゆる男達が頭を悩ませてきたであろうある問題について考えを巡らせていたんだけどさ、答えがでなくて」
そう言いながらいかにも思索中というようなため息をついて顔を伏せる。
「へぇそれはさぞ重大な問題なんでしょうね」
一応そう応じてみる。
「そうなんだ。是非リラにも協力を願いたいね」
「あら、男が悩んできた問題なんでしょ?私なんかが力になれるかしら」
「いや、リラなら大丈夫だ。君ならきっと客観的且つ適切な助言をくれるだろう。そこでその問題だけど」
そう言ってから、フッと顔を上げて私の視線を捕らえ、ビッと指を突き付け、真剣な表情で私に問う。
「可愛い系のコとセクシー系のコ、選ぶならどっちが良いと思う?」
「・・・そんな事だろうと思ったわよ」
呆れ返ってテーブルの上の本を手に取る。今日は太宰治の人間失格。
「いやこれは本当に難しい問題だよ、ずっと悩んでるけど答えが出ない・・・ちょっとリラ、そんな鬱小説読んでないで一緒に考えてよ、どうせ再読だろ?」
「最近また流行ってきてるわよねこれ。で、何。具体的にはどんな感じ?」
「アニメとかもやってるんだからすごい話だよな。あー、ちょっと色々あってさ、可愛い系かセクシー系かどっちかのコ切らなきゃいけない訳。あっちを立てればこっちが立たず、みたいな感じ」
「うじうじウザったいのよねこの主人公・・・。で、その他の情報は?」
「あー確かに女々しいし薬中だしアル中だしねー。同じ環境でもモーツァルトなら曲の一曲も書く所なのにコイツは何もしないしな。顔は系統違うけど同じくらいのレベルかなー。性格も可もなく不可もなく」
「でもヒモとして生きて行けるんだからそっちの才能は誇って良いわよね。胸は?」
「それは立派な才能だよな!ってさりげなく下世話な事言うね。2人とも一定レベルはクリアしてるな。それ以上はあってもあんまり加点対象にならないし」
「帰っていきなり奥さんが犯されてるのはそりゃ驚くわよねぇ。で、そっちの方は」
「・・・そんな綺麗な顔してあんまりえげつない事言わないでくれる?そっちもそんなに特筆すべき差異はないとだけ言っとくか。いやいや全くとんだ空豆だな」
「うまく纏めたわね」
「リラの振りのおかげさまで。だからやっぱり考慮すべきは最初の問題なんだよなー」
パラパラめくっていた人間失格から顔を上げて隣の人間失格者の顔を見る。
「普通の人間なら、そこは好みで済まされる話だけど」
「らしいねー」
他人事の様に表情を変えずにそう返し、またうーんどうしようかなーと唸り始める。
「アンタに"好み"は難しいか」
「俺にはないからなー」
京介はなんでもないことのように言う。
こいつはまるで機械だ。感情も計算して出すし、言動も相手が何を求めてるかを判断して話している。自分のキャラクターには何を求められるかを。
私は故意にそうしているが、京介のそれは天然で、むしろそれ以外できない気さえする。
反射のように反応はするがそこに感情はない。
だから、機械のように優劣の判断は出来るが、感情が絡む好悪による判断は殆ど出来ない。人間失格というか、最初から人間じゃないのだ、コイツは。
「しょうがない、京介の人間としてのレベルを上げてみましょうか」
「え、何々?」
「よく解る好みについての講座をしてあげるから理解してもうちょっと人間らしくなってみなさいよ」
「わーなんか親切だね!無料講座?」
「勿論有料講座。そうね・・・もし、ヤギの頭にコンピュータが搭載されてて、そのヤギが2つの干し草の山を見つけたとする」
「なんで急にヤギ?」
「そのヤギの頭はコンピュータなんだから、同じ干し草の山が2つあればより優れてる方を選ぶでしょ?量とか質とかそこまでの距離とかで」
「うんうん」
「でも本当にその干し草の山が全く同じだったら?違いが見つからなかったら?でもコンピュータだから違いが見つかるまでその場で考え続けるのよ。違いがないと選べないからね。それで結局選べずに餓死するっていう話」
「へーなんか解るかも」
「解っちゃダメだから人として。普通のヤギならどっかの時点でどちらか選ぶし、人間もそうなのよ。同じような物があって優劣がつかなくてもどちらか選ぶ、その判断基準を好みっていうのよ」
「つまりその判断基準が俺にはないんだな」
「そう、ヤギ以下」
「コンピュータも今はその判断基準を付けられたりしてんだよなー」
「同じ物があったらどっちを選ぶかってバイアス掛けられてるのがロボットとかで造られてるみたいね。好みがあるロボットって事だから、そいつ京介よりは人間らしいんじゃない?」
「ふーん。じゃあ俺にもつけてよ」
「は?」
京介はそちらも機械じみた完璧な表情で笑って言った。
「俺のバイアスはリラが付けてくれれば良いよ。そしたら俺もそのロボットと同程度には人間らしくなれるだろ?」
「良いのそれで」
「良いんじゃん?で、どっち?可愛い系とセクシー系」
バイアスかけてー、と何故か楽しげに詰め寄ってくるのでちょっと困った。
「どっちでもいいからさ、適当に」
「本当にどっちでもいいの?」
「うん」
「やっぱりアンタは人間失格よね」
出来の良くない子供に応対している気分だ。
「どっちでもいいなら、本当はどっちも要らないんじゃないの」
京介は少しポカンとした。珍しい間の抜けた面。さっきの笑顔より少し人間らしい。
「・・・そういう事になるの?人間は」
「そういう事になるのよ、人間は」
「奥が深いな」
腕を組んで納得したように頷く。
「リラと居るとなんか人間レベルが上がる気がする」
「アンタがそもそも人間レベル低すぎるからね。私だってそんなにまともな人間って訳じゃ」
「いや?」
どこか柔らかく笑う。初めて見る京介の表情。
そして、まるで愛しい者を見るかのように目を細めて囁く。
「俺にしたら、眩しいくらいリラはちゃんと人間だよ」
まぁ"ちゃんと人間"であってけして"ちゃんとした人間"ではないけどさー、と茶化す京介はもういつもの顔だった。
アンタだって最初よりは人間くさい。てゆうか成長が早いのか。
京介に人間レベル抜かれたら終わってるな、と少しだけ思って不安になったのだった。
そのロボットは電気仕掛けの脳で何を思うか
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