時はまた放課後、場所も勿論埃っぽい美術室。

最初にかなりインパクトのある出会いをした浅黄と間垣さんには、その後さっぱり会うことは無かった。

やはり会った時に言っていた様に、向こうが此処を使うのは主に授業中。それに引き替え俺が使うのは放課後。

俺は当初の予想とは違い割とほぼ毎日美術室に通っていたのだが、あの2人とはそもそも使う時間が重ならないのだ。案外このまま二度と出会わないのかもしれない。

と、思っていたのだが。


鍵を開けて入った美術準備室にまた毛布の塊を見つけて、軽くデジャヴュを感じた。

気持ち良さそうに寝息を立て、毛布に包まれたままソファの上で丸くなっているのは間垣リラさん。一応クラスメイトでもある。

そういえば最後の授業に出ていなかったけど此処に居たのか。
自分の中で納得しながら必死に目を反らして黙々と自分のイーゼルとキャンパスを取り出す。

なぜなら毛布が捲れて制服のスカートから出た長くて白い脚が丸見えだったのだ。チラっと見た限り、結構際どい所まで。

今までは彼氏(確認してないがそうだろう)の浅黄しかこの場所に来なかったのかもしれないが、今は俺も来るかもしれないということを一応考慮しといてくれよ、間垣さん。

健全な男子高校生の性で中々消えない白い脚の残像を振り払う様に、キャンバスに色を乗せていく。もうすぐ完成する、部活初日から描き始めたあの静物画だった。






「おや久しぶりだね新島蒼哉君」

軽く響いた声に集中を途切れさせたれた。これもデジャヴュ。

「浅黄か。なんでフルネームで呼ぶんだ」

「アハハ。ねー、リラ来てる?」

浅黄は適当に笑って流して、準備室の方を指差した。

見た目のチャラさに似合わず、なんだか優雅な動きだ。

「居る。また寝てた」

「やっぱりねー。教室に鞄だけ残ってたからさ」

5限サボりのまま寝続けてんだろーな、と言いながら準備室の方に向かう。

鍵が開いたままのドアノブをガチャリと回す音がして準備室に入った浅黄だったが、なぜかすぐに戻ってきた。

「なぁ新島蒼哉君、リラ起きてきたら伝言頼んで良い?」

「別に良いけど」

間垣さん起こさないなら何をしに準備室に入ったんだコイツ?

「じゃあ『君の鞄は預かった。返してほしくば俺の部活が終わるまでここで待っている事』って」

ニッコリと笑って言うが、その言葉にはいくつか疑問点がある。

「いくつか質問していいか?」

「いくつもあるんなら座ろうかな」

ガタン、と音を立てて俺と向かい合う位置に座る。その時俺は振り向くような姿勢で浅黄と話していたから、座ったのはキャンパスの反対側だった。

「・・・その鞄は間垣さんの?」

「そ。」

浅黄は手に持った鞄を振った。確かにそれには可愛らしいディズニーのぬいぐるみがぶら下がっている。

「・・・浅黄の鞄は?」

「鞄2つ持って歩くのはしんどい」

と言ってまた準備室を指す。今自分の鞄を準備室に置いてきたらしい。

「なんでそんな事するんだ?」

心底理解出来なくてそう聞いたら。

「そうしたらリラと一緒に帰れるだろ?」

当たり前、という風に楽しげな顔をして浅黄は答えた。

「わざわざそんな事しなくても待っててくれって言えば待っててくれるだろ」

呆れて手に持ったパレットに視線を落として言う。あんまり話していると絵の具乾くな。

「いやリラはタダで待っててくれるようなコじゃないんだよねー。帰りたきゃすぐ帰るよ」

「そうなのか?」

少し考える。教室のイメージではそんな感じはしない。

「そうそう。意外?」

なんだか楽しげな声で浅黄が聞いてくる。

「まぁな。普通に付き合ってる彼氏待ってたりしそうなのに」

「普通に付き合ってる彼氏ならまぁ場合によっては待つかもね」

「お前は普通に付き合ってる彼氏じゃねぇの?」

視線を浅黄に戻して問う。

「付き合ってる?誰が?」

「浅黄と間垣さん」

それこそ当たり前の様にそう言うと、浅黄は目を丸くした。
それからブッと噴き出す。

「俺とリラが付き合ってる!」

「違うのか?」

浅黄は何故かそうとうツボに入ったらしく腹を抱えて笑っている。

「へぇ、そう見えるのかー。あー、笑える」

リラが聞いたらなんて言うかなーとか言いながら涙まで拭っている。それは流石に振りだ。わざとらしい。

「まぁでもそうだよなー。高校生なんて男女が並んで歩いてりゃそれだけで付き合ってるってなるんだよなー」

そこになんとなく馬鹿にした空気を感じて、俺はつい口を出した。別に大して考えもせず。

「俺がそう思ったのはお前らが並んで歩いてたからじゃねぇよ」

「へぇ?じゃなんで?」

まださっきの笑いを口許に残したまま、ニヤニヤと目を眇めてこちらを見る。

「なんか、お前ら似てるし。顔・・・ってか、雰囲気?」

あぁそうだ、その笑い方とかな。

この前にチラっと思ったままに軽くそう言うと。

笑んでいた浅黄の表情が固まった気がした。

ピシリ、とその秀麗な顔に皹が入る錯覚。

「・・・浅黄?」

変な事言ったか、と思ってそう問い掛けると、浅黄は俯いた。

そのまま、クツクツと笑う。

「・・・社長、厄介なの連れて来ちゃってなぁ・・・」

ボソリと潰しちゃって良いかな、と続けるその声がなんだか聞いたことのない重い声だったのに戸惑った。

「え・・・今何」

「新島蒼哉君」

そう言って顔を上げた浅黄は、今度はいつも通りの完璧な、隙の無い笑顔だった。
その笑顔のまま、腕を上げる。
そして、ゆっくりと人差し指だけ伸ばした拳を、俺の顔面に近付ける。

その時、俺は。
何故かは解らないが、無性に。
とてつもなく怖くなった。

そんな訳無いのだが、その伸ばした指に刺されるのではないかと感じて。
その長くて形の良い指が、俺を攻撃する為に近付いてくるのだと、何故かそうとしか思えなかった。

だが勿論そんな筈は無く、その指はスッと俺の顔をそれて俺の絵を指差す。
完成間近の、静物画を。

刺されるかもしれないなんて馬鹿な事を考えた事を密かに恥じた一瞬の後。

聞こえてきた台詞に、やはりあの指は攻撃の為に伸ばされていた事を知る。

「君はとても"上手な"絵を描くね?」

その台詞を、俺の絵を指し、笑顔で浅黄は言い放った。

それを聞いた俺は。
途端に、頭が真っ白になる。

呆然とする俺を残し、浅黄はそのまま美術室を出ていく。
ドアの所で「伝言の件、よろしくねー」と軽い調子の声が聞こえた。

ノロノロと自分で描いた絵を見る。

浅黄曰く、"上手な"絵。

あいつは、浅黄は、とても怖い人間だとぼんやり思った。




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