放課後の美術室。
窓から西日が差し込んで埃っぽい教室ではチラチラと光が遊び、独特の絵の具の匂いが立ち込めている。

ああ、来ちまったな。

一つため息をついて、肩に担いでいた鞄を適当な机の上に置く。

「僕は会議で遅れるかもしれないけど、適当に始めていてくれていいから」

先生からそう言って渡された鍵のホルダーを人差し指にかけ、くるんと回してみる。

「イーゼルとかキャンパスは準備室に置いてあるから自由に使ってよ。ああ、それともうひとつ」

カチリ、と鍵を差し込み、古ぼけたドアを開ける。

「中には先客がいるかもしれないけど、是非気にしないでくれ」

言われた時には意味が解らずハ??と眉を潜めてしまった台詞は、その時は思い出しもしなかった。


ドアを開けた瞬間、ギョッとしてまじまじと室内を見た。

そこが、あまりに、予想していた美術準備室の姿と掛け離れていたので。

美術準備室だから水道がついてるのはまぁ良いとして、そこになぜ電子レンジや電磁調理器、コーヒーメーカーまであるのか。棚にはカップやコーヒー、紅茶が並んでいるのも見える。
その横には冷蔵庫。なんで冷蔵庫。
そして何故か大きめのクローゼットが置いてあり、これまた何故かその扉は全開で、中に男物の洋服が掛かっているのが見える。
そして妙に生活感漂うその一点以外には、こちらは美術準備室らしい石膏の胸像がゴロゴロ置かれた棚と、美術書が詰まった棚が狭い部屋一面に並んで居た。

だが、一番目を引いたのは。

狭い部屋の中央にドン、と置かれた黒いレザーのソファ。
その上に、暖かそうな毛布に包まり、何か、イヤ誰かが寝ていた。

先客というのはこれの事か。
その毛布の塊は俺が部屋に入ってきた物音では目が覚めなかったらしく、動く様子もない。

正直、学校内なのに生活感溢れまくったこんな場所で寝ている人間なんて録なヤツじゃないだろう。いや考えてみると、この部屋の主の美術教師からして録な人間じゃないのだ。その教師となんの関わりがあってこの人が此処で寝ているのかは知らないが、とりあえずまともな人間じゃない事は間違いない。とりあえず不良とかだろうか、そんなの俺はお近づきになりたくない。


ろくでもない美術教師率いる美術部の唯一の部員になってしまったとはいえ、俺は別に不良でもなんでもない普通の高校生ってやつなのだから。


入ってすぐの場所にあったイーゼルとキャンパスをなるべく静かに取り出し、これまたなるべく静かにそーっとそーっとドアを閉じ、中の人物を起こさずに済んだ事に安堵の息を漏らした。





「あっれ」

それから美術室に戻ってとりあえずその辺にあった花瓶なんかを並べて静物画を描いていたら、そんな声で集中が切れた。

「君何してんの?」

こんなとこで、と美術室入口のドアの所で驚いた様にそう声をかけてきた人物に内心ゲッと声を漏らした。

浅黄京介。

同じクラスになったことが無いから向こうはこっちを知らないだろうが、こっちは知っている。いや、この学校で知らない人間はいないだろう。
シャツのボタンを何個も外して緩くネクタイを結び、だらしなく着崩した制服。男にしては少し長めの染めた髪。一言で表すなら全体的にチャラい。でもその格好も長身で手足の長いモデルじみたスタイルに似合ってるし、髪も彫りが深めの顔に妙に合っていて男から見たって格好良いと思う。
浅黄は良くも悪くも目立つ有名人だ。でも俺はどうもこうゆう馴れ馴れしい軽い人間が苦手だから正直関わりたくはない。

「いや、普通に部活動だけど」

ほら、と描きかけのデッサンを見せる。

「部活動!てことは社長やっと美術部員捕まえたんだな」

大袈裟に両手を広げて驚いた様なリアクションをするこういう所が余計に軽薄そうに見える所以だが、それよりも。

「社長?」

「あー、ニックネームみたいなもん?邑井センセの」

邑井というのは例の美術教師。社長と呼ばれてるのは初めて聞いた。
そういえばあの人、まだ来ていない。初めて部員が入った部活動の初日に。

「で、そっちは何しに来たんだ?」

今度はこっちが聞く番だ。浅黄のような不真面目を絵に書いた様なヤツが何故美術室に。

「あー、俺はねー・・・」

それまでニコニコと笑っていたのが一瞬、探る様な目つきになったのは気のせいだろうか。

「まぁ社長が見付けてきたやつだしいっかー・・・」

小さく呟いたその声は聞き取れなかった。

「は?」

怪訝そうに聞き返すとまたニコニコと愛想良く笑って顔の前で手を振る。

「いやこっちの話。俺は・・・えっと、トモダチ?のお迎えに来たんだよ」

その部屋に、と指差すのは例の準備室。

「あぁ、アイツ浅黄の友達なのか」

納得して呟く。浅黄の友達なら不良とみたのもあながち間違ってはいないだろう。起こさなくて良かった。

「あー、会った?」

「いや、さっきは寝てたぜ」

「そっかー。まぁいっつも寝に来てるようなもんだしな」

そう言って部屋を横切って、さっき入った時から鍵を開けたままの準備室に浅黄は入っていった。


描いてる間は気付かなかったが、もう日も暮れかかっている。俺もそろそろ帰るか。

でもさっきの言い方、もしかして美術室は浅黄達のたまり場なんだろうか。それならちょっと厄介じゃないか・・・。あんまりに邑井先生の誘いがしつこくて美術部に入ってしまったが、高校生の男で美術部というのは根暗に見られがちだ。特に浅黄達のようなチャラい奴らにはそう映るだろう。変に目をつけられるのも嫌だし、これはやばいか?やっぱり入るんじゃなかったか・・・。

そう考えているうちに、また準備室のドアが開いて浅黄が出て来た。

「じゃあ俺らは帰るな。バイバイ美術部員君ー」

そう言ってヒラリと手を振る浅黄の後ろから出て来たのは。

「間垣さん・・・」

思わず声に出ていた。




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