マルキ・ド・サド伯爵にお願い



いつものように京介は私の家にいて、いつものようにそんな京介を意識の外において本を読む。

家に来るのが頻繁過ぎるので私も客扱いしないし、京介も自宅の如くに振る舞っている。いつも別に会話はなくてもお互い自由且つ勝手に過ごす。傍に居すぎれば良くも悪くもお互い空気のような関係になるものだ。気心知れた相手というのは中々良いもので、無言でも気詰まりじゃない穏やかな時間が過ごせる。
だが、それは表面上の話。
無警戒に同じ空間で過ごすには、私達はお互いを知りすぎている。


その日、京介が家に入って来た時に「ただいまー」とあまりに自然に言うものだからうっかり「おかえり」と返して、イヤ可笑しいだろう、と一人で突っ込んだ。いつから此処はアイツの家になったんだ?なんだか勝手に冷蔵庫漁ってる気配がするけれど、そろそろ一度懲らしめてやらなければどんどんと図々しくなっていくばかり。なにか手段を講じよう。

そんな事を本の文字を読む傍らでうっすら考えていたのだが、第一声の「ただいま」から京介が何も発言しなかったので、その存在は速やかに意識の中から消えていった。
そんな中でも、普段なら意識の1割くらいは警戒して相手の動きを把握しておくのだが、その時は、ちょうど読んでいる本の山場、つい集中しすぎていた。


あー、やっぱりコイツ生きてたのか。死体が確認出来なければ生きていると思えってミステリーの原則だよね。ミスタ・マーロウはどの時点で気付いてたのか。さぁ来た来た、此処で名台詞、ギムレットには早過ぎ・・・


る、と頭の中でその台詞を完結させたのと、ガチャンッと何かの音がしたのは同時だった。

「・・・??・・・・!!??」

何かに集中していて、それがいきなり何かに途切れさせられると、意識が現実に戻って来るのに時間がかかる。

とりあえずまず気付いたのは、いつの間にか背後にいた京介の見たことないくらいのイイ笑顔。

見た瞬間、背筋が寒くなる。
何か、取り返しのつかない何かが起こったに違いない。

次に気付いたのは京介が手に何か持っているということ。本を読むことで固まっていた焦点を動かして良く見てみる。あれはなんだろう、と考えて認識するまでたっぷり1秒。脳が受け入れ拒否していたのかもしれない。

ポタリ、と音がして開いたままのページを見れば、真っ赤な血が落ちていた。

「"ギムレットには早過ぎる"、チャンドラーのロング・グッドバイか。血のお陰でますますハードボイルドだねー。」

他人事の様にそう言ってニヤつく京介の片手には、ピアッサー。


「しかしリラちゃん集中力凄すぎ。ちゃんと耳消毒もしたのに気付かないとかねー。」

まるでアガンダの様だね!!と調子に乗って言う。かなり楽しげ。

「あー、仏陀の説法聞いてて麻酔も無しに背中手術されても気付かなかった彼?だったら耳に穴開いたって気付かないでしょうよ」

ジンジンする耳をガーゼで押さえながら力無く言う。今回は完全に私のミスだ。クリスマスにピアスを貰ってから、京介がずっとピアスホールを開ける機会を伺っていたことを知っていたのに、コイツがいる空間で警戒を解いていたなんて。

「リラ頼んでも俺に開けさせてくれないからさー、強行手段取っちゃったよ」

もう1回消毒するねー、と持ってきたらしい消毒液を手に取る。

「勝手に人の耳にピアスホール開ける行為って傷害罪になるのかな」

意外と丁寧な手つきで耳を扱う京介に任せながら嫌味たらしく言ってやる。

「事件性があると判断されればなるかもね。流石リラ低血圧だなー、もう血止まってる。こっちはもう大丈夫だな」

こっちってなんだ、と思ったら。
グイッと肩を引かれてソファーに腰掛けた京介の膝の上に頭を固定された。

「でも俺は断固、合意の上だったと主張させてもらうよ。
という訳で、もう片方いこーか」
そう言って笑う京介の片手には、どこから出したのか新しいピアッサー。



「嫌、絶対イヤ!!」

「えー、往生際悪いよリラ、もう片方開いちゃってるのに」

ブンブン頭を振って逃れようとするが、頭は完全に京介の片手でホールドされている。

「別にそんな痛くもなかっただろー?」

「そうね、ピアス自体は別に良いのよ。でも、アンタにされるのが嫌なの!!何よ、その笑顔。このサディスト!!」

「マルキ・ド・サド本人はマゾだったって知ってた?」

「どうでも良いわよ・・・」

会話を交わしながらも抵抗するが、ちゃっちゃとガーゼで耳たぶを消毒される。

「サド伯爵と謂えば"ソドム120日"!!あれ読みたいなー。」

「アンタが読むとシャレにならなそうだから止めて。てゆかこういう時って氷で冷やしたりするもんじゃないの?」

「だってそんな事したら痛くないじゃん?」

「・・・コイツ・・・!!」

初めて人に殺意が湧いた。

「ハイ、じゃーやるよー」

心底楽しそうにピアッサーを耳に宛てる。

「・・・ぅ、」

宛てられたその冷たい感触に、思わず目をギュッと閉じる。

「ハハ、かーわいいねぇ」

「やるならさっさとやりなさいよ・・・!!」

「えー、なんか勿体ないなー」

「変態野郎っ・・・」

「変態で結構。だって楽しいもん」

マルキ・ド・サド様、コイツは貴方の仲間です。今すぐあの世に召してやって下さい。

心底祈ったその時、またガチャンという音がして、耳が一気に熱くなった。



「あー、楽しかった」

動く気力も無くてまだ京介に膝枕されている状態で手当てされている。

「ん、位置も完璧、流石俺。これから毎日消毒してねー。消毒液置いてくから」

冬だしそんな心配しなくても平気だと思うけどさー、と頭を撫でられる。

「京介」

「んー?」

「月夜ばかりと思うなよ」

古典的な復讐の決意表明。

プッと吹き出すのが頭上で聞こえた。

「怖いなー、何されちゃうの俺」

「学校で京介君は実はホモだって噂を実にまことしやかに流す」

「ヤメテ!!」

うっわそれは勘弁!!調子乗りましたスイマセンってかリラもしかして今見かけ以上に怒ってる・・・?ゴメンゴメンなんでもするから許して今でも男から告白とかあるからシャレにならないんだってマジで、という声をBGMに、どんな噂を流そうかと割と本気で検討していた。





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