top > gift > 願わくば君に笑顔が絶えぬ事を

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同室の喜八郎と仲の良いくのたまがいると知ったのは、学園に入学して一月程経った頃だった。



当時の喜八郎は今以上に感情表現が乏しく、常に無表情で口数も少なかった。同室で他の同級生よりも長い時間を共にしている筈の私でさえ、喜八郎の考えている事はよく解らない程だ。
最初こそ同室のよしみで色々と話しかけてやっていたが、全く話を聞く気が無い喜八郎との意思疎通を諦め始めた折、私はそのくのたまの存在を知った。

どうやって手懐けたのかは知らないが、あの喜八郎がかなり懐いているらしい。私に出来なかった事をいとも容易くやってのけた者がいる事に、単純な好奇心と対抗心が芽生えた。いてもたってもいられなかった私は、すぐに行動に移した。しかし期待にも似た思いを馳せ会いに行った彼女は、何の事はない普通の女子だった。いや、寧ろ少し鈍い方かもしれない。


(なんだ、大したこと無いではないか)


それが、私の彼女に対する最初の印象だった。







「ふっ…うぅ………」


戦輪の練習をしていたら、受け方を間違えて指を切ってしまった。思ったより勢い良くやってしまったらしく、初めて見る血の量に驚きすぎて、呆然と立ち尽くす。やがてその血が自分のものだと理解すれば、たちまち痛みが襲ってきて、頬を伝う熱いものが次から次へと溢れ出した。


「平くん?」


声をかけてきたのは喜八郎お気に入りの彼女だった。恥ずかしいところを見られてしまったと慌てて顔を拭おうとしたが、驚いた表情で彼女が私に駆け寄る方が早かった。


「たっ平君、血が!」

「な、名字?」


懐から取り出した薄桃色の手拭いを私の患部にあて、涙を浮かべる彼女に心底驚いた。大して仲良くもないのに、何故そこまで心配できるのか。勢いよく手拭いを染めていく出血に、彼女は本格的に泣き出してしまった。


「うわあああああん!平君が死んじゃうー!」

「ば、馬鹿者!これ位で死ぬ訳ないだろう!」


目の前で自分より取り乱す者が居れば、却って冷静になるものだ。怪我をしている自分よりも大泣きしている彼女を見て、私がしっかりしなければと必死に宥めた。


「ひっく、ほ、ほんとに…?」

「ああ、保健室に行って治療すれば平気だ。だからもう泣くな。」

「そ、か。よかった…」

「…………!」


この瞬間から、私の彼女を見る目は変わっていたのだろう。私を純粋に心配してくれるこの少女は学園の誰よりも優しく、しかしそれは友人のいない私への同情などではない。そんな彼女を、私はいつしか護ってやりたいと思うようになっていた。叶う事ならばこれから先、彼女を安心して託せる誰かが現れる、その時まで。



(君の傍に居られる幸せを、どうかもう少しだけ)


title by水葬

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