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夏は嫌いだ。
活動を始める虫が増えるのは楽しみだけど、肌を刺すような太陽と、何度拭っても留処無く流れる汗には不快感を覚える。その不快感を少しでも何とかしようと、木陰を求めて中庭を移動している時だった。


「何してらっしゃるんですか、名前先輩。」


この強い陽射しの中、日陰に入る事もせずに一人佇む先輩を視界に入れた僕は、眉をひそめて声をかける。


「孫兵!いいところに!」


目を輝かせてこちらを振り向いた先輩に、嫌な予感がした。自慢じゃないが、こういう時の勘はよく当たるのだ。本当なら面倒事を押し付けられる前に逃げ出したいところだけど、そうもいかない。
先輩は今桃色の上衣を脱ぎ捨て、上半身が黒い中着だけという涼しげな格好だ。僕が眉をひそめている理由は正にこれであり、人目を気にせず肌を見せる先輩に苛立ちを覚えた。せめてこれを注意してからでないと立ち去れない。


「暑いからってだらしないですよ。ちゃんと上衣を羽織って」

「暑くて脱いでるんじゃないよ、中着の中に蟻が!孫兵取ってー!」


虫得意でしょ、と涙目で迫られては断り辛い。得意とかじゃなくて好きなだけだから、こういう便利屋みたいな使われ方は不本意なんだけど。


「仕方ないですね…中着のどこに入ったんですか?」

「ここだよ、ここ!」


言いながら先輩はやり易いように、と屈んでその場所を突き付けてくる。視線を落とすと、汗で張り付く中着の黒に引き立てられて、白い双璧が頭を覗かせていた。


「……………。」

「孫兵?」


不思議そうに首を傾げる先輩に内心溜め息を吐きつつも、表情には出さない。


「じっとしてて下さいよ。」


訝しみながらも頷いた先輩を確認して、その白い肌に手を伸ばす。柔肌に触れない様に蟻を辿る僕の指が、先輩の身体すれすれを這う。喉を、鎖骨を、膨らみを見ずに蟻を取り除く事は案外難しい。慣れない作業に苦戦する中、沈黙を破ったのは先輩だった。


「っあ…」

「………すみません、痛かったですか?」

「いやどこも痛くないよ、大丈夫っ」

「そうですか。」


先輩の顔が朱に染まっているのも、それが暑さのせいなんかじゃない事も、知っているけれど気付かないふり。不可抗力で触れた指に反応した、艶めかしい声が頭から離れない。


「とれましたよ。」

「あっ、ありがとう…」


俯きながらお礼を言う先輩に、いつもの余裕そうな雰囲気は感じられない。初めて見る彼女に一瞬呼吸を忘れ、眩暈を覚えた。
夏も、案外いいかもしれないな。



あわいぴんくにのまれる

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