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例えばどうしても打ち負かしたい相手がいて、いつかの勝利を夢見て日々切磋琢磨していたとする。それでもある日、その人にはどうしたって敵わないかもしれないと気付いてしまったら。そうしたら一体、どうすればいいんだろうか。
私にとって鉢屋三郎という男は、悪友であると同時に尊敬の対象でもあった。
一年生の時に彼に騙されて以来、すっかり変装術の虜になってしまった私は、授業で習うだけのそれでは飽き足らず、直接彼に教えを請い、そして独学でも探究し、五年生となった今では忍術学園で彼に並ぶほどの変装術を持っていると囃されるまでになっていた。
そんな私と三郎は、驚く程馬が合った。長年教えを請う間に三郎に影響されたのか、はたまたくのたまとしての血が騒ぐのか。或いは元来そういう性格だったのかもしれない。私は人々が驚く顔を見るのが好きで、同じ嗜好を持つ三郎とよく行動を共にしていた。
そのお陰で、私は三郎の変装術を常に間近で見る事ができた。だから解るのだ。今、自分の変装術は『忍術学園一変装の上手い男』と謳われた彼に漸く追い付き、肩を並べている。それなのに。
「寂しがり屋だな、名前は。」
「………どうして解ったんですか。」
まただ。またしても白星をつける事ができなかった。
目の前で心底嬉しそうな笑顔を浮かべる男に内心舌打ちをして、彼の後輩を模した皮を剥がす。今回も前回も、いつも完璧な変装で挑んでいるというのに、私はまだただの一度も、この人を欺けたことがない。
「鬘もとってくれ。」
「人の話を聞いて下さい七松先輩……ていうか何ですか、寂しがり屋って。」
先に要望をのまなければ話を聞いてくれない先輩の性格を知っていた私は、言われた通りに鬘を外しながら尋ねた。
「ん?私に構って欲しくて来ているんだろう?」
「なっ!?そんな訳ないじゃないですか!」
どこをどう考えたらそういう結論に至るのか。確かに私は毎日七松先輩に会いに来ている。だけどそれは、私の変装を悉く見破る先輩を今度こそ欺いてやろうとしての事だ。その証拠に、それ以外の用件で私から先輩に会いに来た事なんて無い。
「そうなのか?でも私は名前に会えて嬉しいぞ!」
いきなり何を言い出すんだこの先輩は。無邪気な笑顔でそんな事を言われても、私はどう反応していいのか解らない。でも七松先輩の事だ、深い意味はないのだろう。色恋の類とは無縁そうな人だし。
それにこのまま彼の調子に流されて、本題をはぐらかされてしまっても困る。あくまでも冷静を装って、再び先輩に尋ねた。
「え、と…七松先輩は、どうしていつも私の変装を見破れるんですか?」
私と同じ位の腕を持つ三郎には、騙された事があると聞いた。私だって六年生なら殆ど騙してきたし、あの立花先輩だって一度は欺いた事もある。それなのにこの七松先輩に限っては、未だに騙せた試しがない。いつもすぐに私だと見破るのだ。私の変装に何か落ち度があるのなら、後学の為に教えて欲しいと思っていた。
「別に名前の変装に落ち度なんてないぞ?いつも声まで完璧じゃないか。」
「えっ…なら何で、」
肩透かしを喰らって動揺する私に、先輩は今までで一番の笑顔を向けて、あっけらかんと言ってのけた。
「惚れた女を見分けられない訳ないだろう。」
「………っ!」
今日、気付いた。
七松先輩を欺く事なんて、私には無理なのかもしれない。
ステラの敗北