top > rkrn > きみを融解したい

三之助


私にとって男の子は恐怖の対象だ。傷付く言葉を平気で言ったり髪を引っ張ったり、小さい頃はそれが怖くて、私はただ泣いていることしかできなかった。
でもいつまでも怯えているわけにもいかない。だから両親に頼み込んで、この忍術学園に入れてもらった。ここで学べば少なくとも自分のことは自分で守れるだろうし、なにより弱虫な心を鍛えられるだろうと思っていた。

そして忍術学園に入学して三年。私は未だ弱虫で泣き虫のままだった。



「名前ちゃん先輩、これから忍たまを嵌めに行こうってみんなで話してるんですけど、一緒に行きませんか?」
「あ…私は、いいよ。」


晴れた日の休日だというのに、一人部屋で本を読む私を尋ねて来たくのたまの後輩。これからくのたま下級生みんなで集まるらしく、私も誘いに来てくれたみたいなんだけど、正直忍たまには近付きたくない。


「もしかして忍たまが近付くの心配してるんですか?大丈夫ですよ、名前ちゃん先輩に何かする奴がいたら、私達がとっちめてやりますから!」


何とも頼もしいお言葉だけど、後輩にそこまでしてもらうのは気がひける。ただでさえ普段から忍たま敷地内に用がある時なんか、みんなに助けてもらっているというのに。楽しみに行こうとする彼女達の邪魔はしたくない。


「だから、ごめんねシホリちゃん。」
「別に私達はそんなこと気にしてませんけど…でも無理にとは言いませんよ。今度一緒にお団子食べに行きましょうね!」


仕方ないと肩を下げたシホリちゃんは、颯爽と私の部屋から出て行った。後輩なのに、格好良いなあ…私も、みんなみたいに強気なくのたまになりたいよ。





再び本を読み初めて暫く経った頃、部屋の外で茂みが鳴る音がした。今日は休日だし、普段なら誰かが庭をうろついていてもおかしくないんだけど、今くのたまの上級生は長期実習中で不在だし、下級生は私以外忍たま敷地の方へ行ったはず。
でも気配からいっても誰かいるのは確実で、もしもくせ者だったりしたら他に誰も居ない今、私が対応するしかない。無い勇気を無理矢理振り絞って、恐る恐る部屋の襖を開いた。


「あ、名前じゃん。もしかしてここくのたま長屋?」
「ひいっ」


なんてこと。外にいたのはくせ者じゃなくて忍たまだった。いや私じゃきっと対応できないしくせ者じゃなくてよかったかもしれないけど、でも私にとっては忍たま、つまり男の子も敬遠したくて、ていうかくのたま長屋は男子禁制だからある意味忍たまもくせ者なわけで、


「おーい名前ー」


困惑する私の名前を呼びながら近づいてくるのは、同級生の次屋三之助君だ。彼とは合同実習や、その類い稀なる迷子の才能で時折くのたまの敷地内で遭遇したりするから、それなりの面識はある。向こうが私の事を名前で呼び捨てにするくらいには。
でも私は違う。男の子が苦手な私は当然次屋君も苦手なわけで、まだ彼ほど砕けた態度で接する事ができないでいる。

つまり何が言いたいかというと、あまり彼と関わり合いたくないのだ。きっとまた無自覚な方向音痴とやらを発動して意図せずここに来てしまったんだろうし、見逃すから早く去って下さいお願いします、なんて願いも虚しく、なぜか次屋君は段々と距離を縮めてくる。自然と腰が引けた私は敷居に踵を引っ掛けてしまい、尻餅をついた。


「あっ…」
「っぶな、大丈夫か?」
「…っ」


私にあわせてしゃがみこんだ次屋君が声をかけるけど、一気に縮まった彼との距離に蚤の心臓を大きく跳ねさせた私は、まともに返すことができない。何故あなたまでしゃがむんですか。顔が近いです覗きこまないで下さい。


「……………名前ってさー、」
「なっ…な、に。」


男の子を前にした私は臆病だ。こちらを見つめる次屋君と視線を合わせないように顔は俯き、力の入らない腰のかわりに後ろ手を使って後退る。でも次屋君は離れるどころか両手を床について、四つん這い状態でどんどん顔を近付けてくる。そしてその口で核心を突いた。


「名前って俺の事避けてない?」


その通りです。でもそう思うならなんでこんなに近寄るんだろう。近すぎてお互いの鼻先が触れてしまいそうで、でも次屋君は離れてくれそうになくて、私の涙腺は遂に決壊してしまった。


「うっ……」
「はっ?ちょ、何で泣いてんの」


男の子が怖いからあなたが近すぎて条件反射で、なんて言えるわけもなく、目の前で慌てる次屋君に答えることもできず、ただただ涙を流して怯える。
きっと気を悪くしただろうな、次屋君にも悪態をつかれるんじゃないだろうか、もう何でもいいからどっか行って、色々な考えが頭の中を渦巻いて弾けて消えて、真っ白になって何も考えられなくなった。


「うぅ………ふぇ…?」


ふと目尻に感じた何かに意識を向けると肌色が目に入って、その先を視線で辿る。そこには眉を下げた次屋君の顔があって、彼が私の涙を拭っているのだと理解した。


「なんで泣くんだよ……そこまで俺のこと嫌い?俺、何かしたか?」


あ、彼は傷ついている。
瞬時にそう思った。そして傷つけた原因は、私だ。彼は私を心配してくれたというのに、私はなんてことを。
早く謝らないと、と焦燥していたこの時は恐怖なんてどこかに消え去っていて、私は必死で口を動かしていた。


「ちがっ…私、男の子が怖くて。次屋君は何もしないって解ってるんだけど、男の子だって思うとどうしても……あの、だから次屋君は何も悪くないの、私が悪いの、ごめんなさい…!」


いつもは恐怖からなのに、今は申し訳なさから目を合わせることができない。俯いたまま次屋君の反応を待つ時間は、とても長く感じられた。


「あー…よかった。」
「……え?」


予想もしない言葉が聞こえて顔を上げると、力が抜けたように座りこむ次屋君。何がよかったんだろう。


「俺、名前に嫌われてるんだと思ってたから。そんな理由なら仕方ないよな、うん。」
「き、嫌いではない、よ?」
「!そ、か。あーでも怖いんだよな、困った…いやでも俺の事を男って意識してくれてるって事だからそれはいいのか。」
「あ、あの……次屋君?」


何やら一人でぶつぶつ言い始めてしまった次屋君。内容は聞き取れても意味は解らないから、私は首を傾げるしかない。


「よし、俺頑張るから。」
「な、何を?」
「名前が俺に慣れてくれるように。あ、でも俺が男だって事は忘れないで。」


軽く口角を上げて私を見据える次屋君。男だって事を忘れないなら、私が次屋君に慣れることは無いと思うんだけど。でも次屋君はそれを言うことで満足したらしく、さっさと立ち去ってしまったから、その疑問を解消することはできなかった。

私はといえばさっき見せた次屋君の不適な笑みが頭から離れなくて、何故か熱くなる頬を押さえながら、彼が走り去った方向をぼうっと眺めていた。


彼の無自覚な方向音痴を思い出して慌てて追いかけたのは、頬の熱も冷めかけてからのこと。


きみを融解たい

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