top > other > さて君の海は思ったより深い


 名字名前は最近桃山プレデターに入ってきたマネージャーだ。サッカーに縁のなかった彼女がここにいるのは、偏にキャプテンである太田翔の必死な勧誘によるものだった。
 生まれた時からお互いが傍にいた翔と名前は所謂幼馴染という関係性で、二人は誰の目から見ても仲睦まじく、姉弟のようだと思う者もいれば、恋仲のようだと思う者もいた。



 ある日の練習中、桃山プレデターの選手である降矢竜持は眉根を寄せた。これはこのところ頻繁に見せる表情である。

「竜持」

声をかけたのは竜持の三つ子の弟である凰壮だ。彼もまたこのチームの選手で、練習中の度重なるそれにとうとう竜持を窘めに来たのだ。

「サッカーやってる時くらいその顔やめろ。皆気付き始めてるぞ」
「……すみません」

どうやら早急に決着をつけなければならない様ですね、と呟いた竜持の視線の先には、楽しそうに笑いあう翔と名前の姿があった。



 橙色に煌めく水面を眺める竜持の顔は、その景色の美しさに似つかわしくなく顰められている。鼻をつく潮の香が気になるのか、一緒にいる人物が気にくわないのか。恐らくはその両方だろう。

「約束通り、翔君には必要以上に近付かないでくださいね」
「わかってるよ。約束は守る」

竜持の隣で同じように水面を眺める名前の顔からは、その感情を読み取る事ができない。

「で、どういうつもりですか」

こんな時間にこんな場所に二人でいるのは、竜持の本意ではない。誰が好き好んで黄昏時をライバルと過ごしたいと思うものか。
 昨日、翔から手を引いて欲しいと言った竜持に出した名前の条件が、今日一日彼女に付き合うことだった。何か企んでいるとは思ったが、彼女が何を仕掛けてきても竜持は負ける気などしなかった。だからこそこの条件を呑み、朝から色々な場所に付き合ったのだ。
 だが後は帰るだけとなった今になっても、彼女はまだ何も仕掛けてこない。いい加減はっきりさせたい竜持は苛立ちを隠す事なく名前に問うた。

「どういう、って?」
「だから、どういうつもりで今日僕を連れ回したんですか! 何か魂胆があるんでしょう」

意味が解らないといった顔の名前は目をしばたたかせ、あっけらかんと答える。

「別に意味なんてないよ。ただ竜持くんとデートしたかっただけ」
「デー……?」

あまりに予想外の答えに言葉を詰まらせる竜持。その意味がよく解っていないだろう彼に名前は苦笑を漏らす。

「竜持くんは何か勘違いをしているみたいだけど、私は翔くんの事を恋愛対象としては見ていないよ」
「え……」
「私がそういう対象として見ているのは一人だけ。その人を今日思い切ってデートに誘ってみたんだけどね、だめだった」

なぜ、彼女は悲しそうな顔をしているのだろう。そして向けられる視線の意味とは。
 竜持は鈍くない。むしろ聡い方だし、それは本人も自覚している。だから少し冷静になれば彼女の意図などすぐに理解できた。ただ、信じられないだけなのだ。

「彼の心にはもう決まった人がいて、私は寧ろ嫌われてた。まあそれは薄々解っていたことなんだけど」
「ちょっ、と、待ってください。それじゃあ僕は」

彼女もまた、同じ人を想っているのだと思っていた。でもそれが勘違いだったなら、今まで自分がとってきた彼女への態度は。

「翔君ならきっと同性だからって理由で拒絶したりしないよ。驚きはするだろうけど。でも真剣に考えてくれると思う。頑張ってね」

信じたくない、油断させようとしているのでは、思考は巡るが胸を締め付ける痛みがそうではないと伝えている。

「なん、で……」

 あんな態度をとった自分にそんな優しい言葉をかけられるのか。そんなに優しい笑顔を向けられるのか。狼狽の余り呼吸もままならない身体ではそこまで吐き出せなかったけれど。
 だがそれら全てを察したかのように、名前はまた笑って答えた。

「竜持くんには幸せになってもらいたいから」

声が、少し震えていた気がする。気がつくと竜持は彼女の腕を掴んでいた。

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