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私が学園で1番苦手なのは、ギンギン怖い先輩でもなく、絶望的な体力の持ち主の先輩でもない。人の顔使って意地悪する先輩でもなければ、グダグダと自分に酔いしれる先輩でもなくて 火器にお熱な先輩でもタコ壺を掘りまくる謎な先輩でも、下手物好きな先輩、方向音痴な先輩でもない。ツンツンとキツイ言い方をする同級生でもない……、苦手ではあるけど、1番じゃないのだ。
1番なのは、
「名前先ぱーい!」
可愛らしい笑顔で駆け寄ってくるこの後輩。懐いてくれてるのは純粋に嬉しいんだけど……問題なのは彼が好きなものだ。彼、山村喜三太は無類の蛞蝓好きで、蛞壺を持ち歩いてる姿をよく見る。うん誰しも、好きなものはある それは別にいい。だけどわかって欲しい。逆に嫌いなものも誰にだってあるってことを!
「どうしたの?喜三太」
「名前先輩に見せたい子がいるんですぅー」
ほら嫌な予感。ズズイッと見せてきたのは、両掌に納まり切ってない大きな蛞蝓。それを見た瞬間ブワッと全身に鳥肌が立った。喜三太には悪いけど、私は蛞蝓が大嫌いだ。
「ど、うしたの それ」
「えへへー与四郎先輩がくれたんですー」
可愛いでしょお?と笑う彼が私には悪魔に見える。うん、喜三太の笑顔は可愛いけど…その蛞蝓を可愛いなんて言えないよ私。
「ねー喜三太、どうしていつも私に見せに来るの?」
「ほえ?」
「私、初めて会った時に蛞蝓が嫌いだって言ったよね?」
泣きそうな喜三太の顔に、単刀直入に言い過ぎたかなと少し後悔した。謝ろうとしたら喜三太がフニャリと笑ったから、中途半端に口を開いて止まってしまった。
「だって名前先輩は僕と蛞蝓さんを嫌がらないじゃないですかー」
「え?」
何を言ってるの?、喜三太はともかく蛞蝓は嫌だよ。
「先輩、気づいてないんですか?先輩は蛞蝓さんたちに酷いこと言ったこと無いんですよぉ〜」
ねー と大きな蛞蝓に話掛ける喜三太。いやいや嫌いっていうのは酷いことに入らないの?
「他の女の子は気持ち悪いとか、近寄らないで〜って言うけど、名前先輩は違うもんね」
「…それは」
「僕も、蛞蝓さんたちも名前先輩が大好きなんですー」
ニッコリ笑う喜三太に、つい私も笑顔になる。可愛い後輩から大好きと言われて嫌な気なんてしない。…蛞蝓は別だけど。ありがとうの意味を込めて頭を撫でれば、えへへと照れる喜三太と視線がぶつかった。
「だから、僕 名前先輩にも好きになってもらえるように頑張ります!」
「、え?」
何?なんて聞くよりも先に、喜三太はどこからか小さな蛞蝓を1匹差し出してきた。
「まずはナメ千代から、どうでしょう?」
大きな蛞蝓を見た後だったからか、掌にぽつんっと乗っかる蛞蝓が少し可愛いと思ってしまった私は、彼らを好きになってきているのかも知れない
でも先はまだまだ長いかな
錯覚から始まる恋
立花先輩に憐れみの目で見られてたなんて、私は知らない。