星が降ってきそうな夜だった。

冷たい草の上に二人で転がり空を見上げる。酒で火照った頬を撫でていく風はひんやりしていて心地がいい。

「なぁ、俺欲しいものがあるんだけど」
「珍しいな」

くだらない物なら散々買わせる癖に案外無欲なこの男が何を求めるのか、少しだけ興味があった。

「毎年、この日には俺を思い出して、おめでとうって言って」

十月十日。男は誕生日なのだと言った。いつ、どこで生まれたのかは分からない。けれど、唯一尊敬出来る人が決めてくれた誕生日だから、それが自分の生まれた日、誕生した日なのだと。

「どこにいても、なにをしててもいい。ただこの日が来たら少しだけ俺を思い出して、おめでとうって言って」

くるりと体の向きを変えた男の着流しには所々枯れ草や泥がこびりついていて、それを払ってやりながら差し出された小指に自らの小指を絡めた。







昔の夢を見た。あの約束をしたのは十年前だったか。

「おはよ」
「なんで、テメェがここにいる」

寝ぼけ眼で柱に掛かっているカレンダーを確認する。

「毎年言ってるのにもう忘れたの?」
「…覚えてる」

約束というより呪いに近い言葉は確かに俺を縛り続けていた。余程のことがない限り問答無用で非番にさせられる始末だ。あの人は事務仕事が苦手な癖に人が良いから困る。

「なに考えてるか当ててやろうか」

男は片腕を布団につき気だるそうに笑うとそのまま唇を落とした。
風が触れたようなその感触に思わず唇を撫でると、どこか眩しそうな顔をして目を細めた男は当たっただろ?と首を傾げ、目尻に小さく刻まれた皺を撫でた。

「あ、土方の白髪発見」

人の髪を好き勝手掻き回した挙げ句灰色の髪をなんの前触れもなく抜いた男に、十年も経てば白髪の一つや二つあるだろうと言おうと口を開き掛けて、やめた。

「なあ、すげえいい天気なんだ。はやく出掛けようぜ」

窓の外を見ると真っ赤に染まった紅葉が風に揺れている。吹き込む風は十月のそれより幾分か暖かくて、昨晩の天気予報で今日は夏日になると言っていたのを思い出す。衣替えしたばかりの着流しを春夏物に変えるか。立ち上がり箪笥の中から萌葱色の着流しを取りだし袖を通す。

「それ俺が好きな色」
「そうだったか」
「覚えてて着てくれたんだろ?」
「さあな」
「相変わらず素直じゃねぇなあ」

まあ、お前らしいけど。そう言って先を歩き出した男の後ろ姿を眺める。今年も何となく一日を過ごして、また来年の今日も何となく一日を過ごすのだろうか。或いは────そこまで考えて、一瞬でも自分の未来の終わりを見てしまったことに身震いした。これも、呪いなのか。

「どうした?」

振り返る銀髪に我に返る。風に靡く着流しの袂を握ってみてもそれは手のひらをすり抜けていくだけだった。

「掴むならこっちにして」

行き場を失った指先にひやりと冷たい指先が絡み付く。屯所を出て馴染みの団子屋に着くまでその指先が温かくなることはなかった。

「やべぇ俺緊張してんのかな」
「今更なにに緊張すんだよ」

馬鹿馬鹿しい、そう顔で告げながら焼き団子とみたらし団子を一本ずつ頼む。すっかり老けた団子屋の主人は歯の無い口でお代はいらないよと言いながら顔をくしゃくしゃにして笑った。
小さなおぼんにはみたらしがたっぷり絡んだ団子にマヨネーズがかかった団子、それに二人分のお茶。そして袋に入った大量のみたらし団子を渡された。

「おい、これ…」
「いいんだよ。だって今日は銀さんの…」

全て聞き終える前に、軽く頭を下げてその場を後にする。このジジィには多分一生頭が上がらないだろうなと苦笑しながら店先の簡素なテーブルで遠くを眺めている男の前の席に腰を下ろす。

「そうそうこのみたらし加減、流石親父分かってんなぁ」
「これも、お前にって」

マヨネーズのついた焼き団子を頬張りながら袋に入ったみたらし団子をテーブルに置くと、男は少し驚いた顔をしてから困ったように頭を掻いた。

「…こんなに食えねえよ」
「ガキ共にやればいいだろ」
「もうガキじゃねえけどな」
「ああ…ガキがガキ作ってんだもんなぁ、あれが母親とか俺はちょっと怖えよ」
「それ言うならおたくの隊長さんが父親って言うのも怖いんだけど」

喧嘩ばかりしていた二人が結婚して子供までいるのだから十年という月日はそれなりに長いのだろう。
自分だけ時が止まってしまっているような錯覚。鏡を見る度に増える皺と白髪。年を取ることが怖いと感じるようになったのは、果たしていつからだったろうか。

「行くか」

少し濃い目に淹れられたお茶で残りの団子を流し込む。

「え、もう行くの?もう少し二人だけの時間を楽しみてぇなって思ってたのによー」
「思ってもないこと言うんじゃねぇよ。それに、チャイナもメガネも待ってるだろ」
「あいつらは俺じゃなくてこの団子を待ってんだよ」
「違いねえ」

胸ポケットから取り出した煙草に火をつけ団子屋の主人に軽く手を振り立ち上がる。軽く握られた手のひらの感触に眉を上げれば少しくらいいいだろと子供のように笑う男がなんだかとても眩しかった。かぶき町は今も昔も賑やかだ。客引きの男を軽くあしらいながら河川敷に抜け川沿いを歩く。天気の良さにうとうとし出す頭に摘んだばかりの秋桜が差された。

「あらかわいい」
「…花泥棒」

耳の上辺りに差し込まれた秋桜を取ると綺麗なピンク色をしていた。どこから種が飛んできたのか、河川敷を覆い尽くす秋桜の香りに目が眩む。誘われるように黄色の秋桜を一つ摘み取ると後ろから同罪と聞こえた気がした。振り返ることはせず、小さなブーケ程の大きさになった花束を後ろの男に手渡した。

「花はプレゼントの定番だろ?」

男は少し驚いた素振りを見せた後、照れ臭そうに笑って出来たばかりの花束を受け取った。

「お前からプレゼント貰うなんて初めてだな」
「うるせえ、早く行くぞ」

花束に顔を埋めて微笑む様子にこっちが恥ずかしくなって足早にその場を通り過ぎる。
そこから少し歩くと騒がしい団体がレジャーシートを広げているのを見えてきて、思わず溜め息が出た。

「おい、こんなとこでレジャーシート広げて馬鹿騒ぎしてんじゃねぇ!」
「あ、土方さん」

少しばかり大人びた志村の横には何故か仕事中の筈の近藤さんと総悟までいて、その傍らに中身のない日本酒を見つけ頭を抱えた。

「おい近藤さん…それに総悟、なにやってんだ…」
「おートシィ!いやぁ、この酒万事屋も好きだったろー?」

強い風が吹く。摘んだばかりの秋桜が宙に舞い、一瞬だけ時が止まったような気がした。

「うわ、秋桜?土方さんが摘んできてくれたんですか?」
「…ああ」

さっきまで温かかった筈の手のひらはもう感触すら残っておらず、ただ空を切るだけだ。

「でも丁度よかった。みんなお酒やらいちご牛乳やらで誰一人花を持ってこなかったので」

まあ、そういう僕もいちご牛乳持って来ちゃったんですけどと苦笑する志村に団子屋の主人から貰った団子を手渡す。

「あ!団子アル!」

長いピンクの髪を風に揺らし、腕に小さな赤ん坊を抱えたチャイナが涎を垂らしながら近寄ってきた。

「まったくどっちが赤ん坊だか分かったもんじゃねぇや」

その後ろから歩いて来た総悟が呆れたようにチャイナ口許を拭っていく。腕の中の赤ん坊はくりくりとした瞳を細め笑っている。

「一本貰ってもいいか?」

みたらし団子を一本だけ貰って青々とした桜の木の下へ歩いていく。

小高い丘の上、桜の木の下に坂田銀時の墓はあった。

墓石に集めた秋桜とみたらし団子を置く。既に酒やら菓子やらで溢れたそこに苦笑して傍らの手を握ると、もう実体のない筈のそれはうっすら温かい気がした。

「もう十年も経つんですね」

後ろから歩いてきた志村が腰を下ろし手を合わせる。目を瞑った横顔からは感情が読み取れない。
隣の体温はもう殆ど消えていた。

「土方さんにも毎年来てもらって、銀さんは幸福者ですね」

墓石を撫でる志村の横で目を閉じるとあの日の声が鮮明に甦る。

──毎年、この日には俺を思い出して、おめでとうって言って。

今も呪いは継続中だ。一人残されたこの世界で、追い掛けることも、忘れることも許されないまま。

それでも俺は幸福だった。

「誕生日おめでとう、銀時」

また、来年の今日に。

Happy Birthday.













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