鳥の囀ずりなんて洒落たもので目を覚ましたのは久々だった。

隣で眠る黒髪には何本か自分と同じ様な色をした髪が混じっていて、まだ上手く働かない頭で上半身を起こすと捲れた布団から覗いた白い肌がピクリと震えた。

「土方、朝だぞー」

暖を求めて奥へ奥へと潜っていく身体を追いかけると少しげんなりした様子の土方が顔だけを覗かせて重いと掠れた声で呟いた。

「テメェのが早く起きるなんて珍しいな」

枕元に脱ぎ散らかした隊服をごそごそと漁って内ポケットから取り出した煙草に火を点ける。あまり肉付きの宜しくない腰に腕を回すと髪が痒いからどけと服流煙を吹き掛けられた。

「起こしてあげたのにその態度はねぇんじゃねぇの」
「たまに早く起きたからって偉そうにすんな」

土方は旨そうに最後の煙を吸うと枕元の灰皿でそれを揉み消して再び布団に潜り込んだ。

「は?お前仕事は?」
「今日は午後からだ」
「でも昨日、明日仕事になったって言わなかった?」
「だから、午後からだ」

元々非番予定だった土方が仕事になることなんて大して珍しいことでもない。今では非番関係無く家に泊まることもあるし、生活用品やら着流しは家に揃っているから困らない。ただ珍しいのは出勤が午後からだということだ。昨日はそんなこと一言も言っていなかった。

もしや俺の為に午後勤にしてくれたのだろうかなんて淡い期待を抱きつつその整った顔を盗み見てもふてぶてしい顔をして携帯を弄っているだけで何も分からなかった。

「寝るぞ」
「え、なに?誘ってんの?」
「そんな体力ねぇだろおっさん」

俺がおっさんならお前もおっさんだろうという言葉は布団の中に消えた。

「…なぁ、なんで俺抱き締められてんの?逆じゃね?」
「うるせえ湯たんぽになれ」
「仕方ねぇなあ、甘えた土方君の為に湯たんぽになってやるか」
「…そういうことにしといてやるよ。だからもう寝ろ」

とくんとくんと心臓が脈打つ音がする。無造作に跳ねる髪を撫でる手は冷たかった。

幾ら年を重ねてもお前は何も聞かない、聞かれれば答えてやろうと思っているのに。

もしかしたらもう何もかも知っているのかも知れない。それでも、いつか話せる日が来るのだろうか。

小さく聞こえ出した寝息に少しだけ目蓋の裏が熱くなるのを感じて上下する胸に額を押し付ければ、冷たい手がまるで壊れ物でも扱うように髪を撫でるから寝たふりをした。


***


次に目を覚ました時、土方は見慣れた隊服姿で腰に刀を差し、部屋を出ていくところだった。

「いってきますのちゅうでもしてやろうか?」

妙に冴えた頭で煙草の箱と共に冗談を投げ掛ければ、目を細めた土方の顔が近付き、少しかさついた唇が微かに触れる。

「…は?」
「いいこで待ってろよ」

呆然とする俺に満足そうに微笑んだ土方は爆発する頭をぐしゃぐしゃと掻き回して颯爽と万事屋を後にした。

「あー…クソ」

知りすぎるのも困り者だ。

鬱々とした気持ちを晴らす為にごろごろと布団の上を転がっていると下からうるせぇと罵声が飛んできた。渋々起き上がり移動した洗面台に映った自分の顔は随分と老けた気がする。
年を重ねている。俺はその事実に何故か心底安心していた。

特等席に座り騒がしいかぶき町の町並みを眺める。

電柱に背を預け寝てる奴、客引きのホストにホステス。そこに混じる黒服。

「旦那ァ、今起きたんですかぃ?」
「んー、そんなとこ」
「羨ましい限りでさァ。俺なんか土方の野郎のせいで朝から見廻りですぜ」
「…土方の?」

風に栗色の髪を揺らした沖田くんはその整った顔を歪めて舌打ちをしている。

「旦那ァ、なんか知りませんかい?あの野郎が遅刻なんて珍しいんでね。槍でも降るんじゃねぇかと心配してるんでさァ」
「…いや、なんも」

先程とは打って変わって面白そうに口角を吊り上げた沖田くんは今度団子でも奢って下せぇと笑いながら見廻りに戻って行った。

「なーにが今日は午後からだ、だよ」

そうさせたのは確実に自分なのに擽ったくて仕方ない。

今日は、少し昔の話をしようか。


end



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