保育士坂田×花屋十四郎+保育士ミツバ+園児総悟。時々勲。 * 「さかたせんせ、さよーならー」 「はい、さよーならー」 春も終わりが近づき、真新しい制服に身を包んだ子供たちが入園した時は満開だった桜の花はすっかり散って道路をピンクに染めている。まだ四月の下旬だと言うのに地球温暖化の影響だかなんだか知らないが、季節の境目が無くなったかのように暑い。空が水色とオレンジのコントラストを描く中、担当クラス最後の園児がお母さんに手を引かれ笑顔で帰っていくのを見届けた俺は前髪を留めている可愛らしいボンボンが付いたゴムを外し、鮮やかな水色のエプロンのポケットに手を突っ込んだ。 「お疲れ様、坂田先生。前髪凄いことになってますよ?」 クスクスと笑いながら苺のヘアピンを差し出す彼女は俺と同期の保育士だ。 俺の担当する桃組のそうごくんの姉であり、実は俺の恋敵でもある。勿論ミツバ先生はそんなこと知らないだろうけど。 「お疲れーっす」 「坂田先生、いつも本当に申し訳ないのだけれど…今日もお願いしていいかしら?」 申し訳なさそうに眉を垂らしたミツバ先生に笑顔で返しながらすっかり跳ね上がった前髪をピンで留める。 いくらご近所とはいえ、ミツバ先生は延長保育担当だから七時に閉まってしまう花屋に行くのは無理があるのだ。 「勿論。今日は何を頼んだんですか?」 「今日は秋桜と向日葵の種を頼んでおいたの。明日みんなで埋めましょうね」 口元に手を当てて上品に笑うミツバ先生は誰が見ても綺麗だ。その心の中に誰がいるのかも知っている。 だけど、毎週木曜日の午後六時、たったの三十分。 あの三十分だけは彼を独り占めしたかった。 * 俺は可愛い園児たちを送り出してから夕焼けの中を彼がいる花屋に向かって歩いて行くのが楽しみだった。 小さな校門からミツバ先生がいつまでも手を振っているのに心が傷まない訳じゃない。右手の重みにももう慣れたものだった。 「なあ、そうくん」 「なんでさぁ」 「今日また神楽と喧嘩したろー?」 「………」 一人で歩けば五分で着く道を十五分かけて、殊更ゆっくり歩く。 両親がいないせいか、いつもはミツバ先生と一緒に帰るそうご君も保育園で一人待ちぼうけしてるのが可哀想だからと毎週木曜日は俺と一緒にあの花屋に行くようになった。 そうご君と一緒にミツバ先生が頼んだ花を腕一杯に抱えて保育園に戻ると、ミツバ先生は満面の笑みで迎え入れてありがとうと小さな体を抱き締めるのだ。 俺は家族というものに縁が無いせいか、その姿がとても微笑ましくて、少しだけ羨ましかった。 だからそうご君と一緒にあの花屋に向かうのを嫌だと思ったことは一度もない。 「せんせーはそうくんと神楽に仲良くして欲しいなぁ。そうしたらお姉さんももっと喜ぶと思うんだけど?」 「…かんがえておきまさぁ」 「まあいいけどね。せんせーはそうくんが本当は神楽のことだーいすきだって知ってるからー」 「そんなわけねーだろぃ!」 「はいはい。でもねそうくん、今日のは明日ちゃんと神楽に謝らないとだめだよ?」「なんででさぁ?」 「そうくんだって自分が悪いって分かってるでしょ?それに、神楽わんわん泣いてたよ?くやしーアルーって」 昼間の神楽の涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔を思い出して笑っていると、右手を握りしめる小さな手にきゅっと力が籠もったのが分かった。 唇を噛んで下を向くそうご君に苦笑して小さな体に目線を合わせ、サラサラと風に靡く髪を撫でるとまんまるのおめめから大きな雫がぽろぽろと溢れ出す。 どんなに憎まれ口ばかりで大人びた子供でも、所詮子供は子供なのだ。 「ごめんねって言えるよね?」 「………」 しゃくりあげながら頷くそうご君の涙をハンカチで拭いてあげて再び歩き出す。 そうご君は一度泣き出すと止め方が分からないのかずっと泣いているから自然に泣き止むまで放っておくのが一番だったりする。案の定直ぐケロッとして散歩している犬とじゃれ出すそうご君に付き合って、結局花屋に着いたのはいつもより十分遅れの六時十分。俺が彼を独占出来る時間は二十分。 「こんにちはー」 「ひじかたコノヤロー!きてやったぜぃ」 狭い店内に入ると彼…土方君はカウンターの椅子に座って本を読んでいた。 俺には無愛想に片手を上げ、そうご君には苦笑してくしゃくしゃと頭を掻き回す。 そんな姿がやっぱり微笑ましくて羨ましくて、俺もくしゃくしゃして欲しいなあと恨めしげに見つめていると土方くんは困ったように笑って子供が二人と溜め息を吐いた。 「そうご、お前目ぇ真っ赤だぞ?泣いたのか?」 「な、泣いてなんかねーやぃ!」 「あーそうですか。でもそのまま帰ったらねーちゃんが心配するからコレで冷やしとけ」 「……」 「そうくん、ありがとうは?」 「…ありがとうでさぁ」 濡らしたタオルを目に当てながら不服そうにありがとうと告げたそうご君にそれでも土方君は満足気に頷いて小さな体を抱き締めた。 土方君の家は花屋の二階、ミツバ先生とそうご君の家はその隣。 産まれた時から兄弟のように、もしくは我が子のようにすくすくと育ってきたそうご君がミツバ先生も土方君も可愛くて仕方ないのだろう。 「なんて顔してんだお前は」 「え?」 暴れるそうご君を抱き締めたまま溜め息を吐いた土方君がちょいちょいと手招きするものだから操られるように近づくとその腕の中に閉じこめられた。 「え、ちょ…土方君!?」 「どっちが子供だかな」 ニヤニヤと口元を歪めながらポンポンと頭を叩く土方君と真っ赤な顔した俺をそうご君がキョトンとして見つめてる。 「あ、そそそそうだ!た、種!今日は向日葵と秋桜の種だよね!?」 「はいはい。ほらよ」 「すくねぇ」 「これで十分なんだよ」 紙袋を二つ持って不服そうな顔をするそうご君に、夏と秋には庭中花だらけになるぞと少しオーバーに説明すると疑わし気な眼差しを向けつつも小さな手で紙袋を握り締めた。 「あ、ちょっと待てそうご」 「ひじかたのくせにめいれいすんなこのやろー!」 口が悪いのは誰に似たんだと呟く土方君に心の中でお前だよと返していると土方君は裏から一つの鉢を持って来た。 「ちょっと重いかもだけど、持って帰れるか?」 「…あねうえに?」 「んー。今日は違げぇよ」 「「え?」」 てっきりミツバ先生にあげるものだとばかり思っていたからそうご君と言葉が被ってしまった。 そんな俺たちにキョトンと首を傾げていた土方君は途端ににむっと頬を膨らまして俺の頭を一つ殴りしゃがみこむとそうご君と視線を合わせた。 「お前どうせまた神楽ちゃんと喧嘩したんだろ?それ渡して仲直りしろよ?」 「ガーベラ?」 「あ?よくわかったな。綺麗に咲いてるし、まだ蕾も幾つかあるから当分は楽しめる」 「………」 「あー…そうごにはちょっと重いかもなぁ。無理かなぁ」 「だ、だいじょうぶでさぁ!」 唾を飛ばしながら即答したそうご君にニヤリと笑って素直じゃないのは誰に似たんだかなぁと零す土方君に再び心の中でお前だよと突っ込みを入れる。 「あとこれはねーちゃんに。余りもので悪いな」 そう言ってそうご君に渡したのは小さなブーケ。薄い色の花を中心に束ねられたそれは余り物なんかじゃなくてミツバ先生の為に作ったというのがありありと分かる代物だった。 「…土方君、俺には?」 「あるわけねーだろ」 「恋人なのに?」 耳元に呟いた言葉に土方君は夕日を浴びてオレンジに染まっていた顔を鮮やかなピンク色に染め上げた。 「ば、ばか言ってんな!」 「…そうくんね、お前にそっくりだよ」 「だんな!はやくあねうえをむかえにいきますぜ!」 溜め息と共にそうご君に引っ張られながら外に出ると、丁度向かいの豆腐屋の主人、近藤が揚げたての豆腐片手に手を振っていた。この豆腐屋にやたら懐いているそうご君は満面の笑みで豆腐屋まで走っていくと揚げたての豆腐を頬張りながら近藤に肩車して貰ってご満悦の様子だ。 俺はその様子を見て店内に戻ると、未だに赤い顔で俯いている土方君の唇を奪った。 「…ンッ」 「あんまり放っておくと拗ねちゃうからね」 「もう拗ねてるだろ…」 揚げ足を取る土方君の額に軽くデコピンして道路の向こうにいるそうご君の元へ走っていく。油で汚れた小さな手をハンカチで拭ってやってもう一度振り返った。 「今日の晩御飯はハンバーグだって!」 土方君はやっぱり赤い顔のまま分かったと答えた。 にこにこと微笑むミツバ先生の発言に俺と土方君は揃って固まった。 一足先に我に返った俺は箸をくわえたまま青い顔をして固まっている土方君の口から箸を抜き去りテーブルの上に置くと、ゆっくり口を開いた。 「あ、あのミツバ先生?」 「はい?」 「俺たちの関係…って?」 恐る恐る聞くとミツバ先生はさも不思議だと言わんばかりに目を丸くして首を傾げる。 「お付き合いしているんでしょう?」 「た、確かに土方君にはいつも保育園の花のことで世話になって…」 「あら、恋人同士じゃないのかしら?」 「いや、あの…」 どう答えていいのか分からずにチラリと土方君を盗み見ればさっきまで真っ青だった顔を赤く染めたり、かと思えばまた青くなったり。きょろきょろと視線をさまよわせて挙動不審極まりない。 「じゃあ私が十四郎さんとお付き合いさせていただいてもいいかしら?」 「は…?だっておま……」 「しっ、黙って?」 土方君の唇に人差し指を当てて制し、変わらぬ笑顔で告げられた言葉に俺は身体中の血が冷えていく気がした。 ずっと不安だったんだ。 ミツバ先生に頼まれて初めて花屋に行ったあの日、あの時にはもう恋に墜ちていて。顔を見るなり好きですと告げた俺を白い目で見ていた土方君はぶっきらぼうに頼まれていた大きな花束を渡して何も答えてはくれなかった。それから押しに押しまくって今に至るものの、よく考えたら俺は土方君に好きだと言われたことが無いのだ。 美人で家庭的なミツバ先生と俺じゃハンデがありすぎる。 でも、 「駄目です。土方君は、俺のだから」 正直自分でも驚いた。思いがけず棘のある言い方になってしまったことも、例えミツバ先生であっても土方君を渡したくないと思ったことも。 しかし格好良く言い切ってはみたものの惚れた弱みと言うやつか、俺が土方君に強く出れる筈もなく、恐る恐る盗み見ればその顔は想像していた鬼のような形相でも顔を真っ赤にして憤慨している訳でもない。いや、顔は赤いけれど、どちらかと言えば恥じらっているように見える。握り拳を口元に当て、潤んだ瞳で見上げる顔は怒っているというより拗ねているように見えた。 「お前、馬鹿だろ…」 「ふふ、照れちゃって」 「お、お前もだ!嫁入り前の癖に…なにがお付き合いしても、だ!」 「だって二人ともなかなか話してくれないんですもの。少し意地悪してみたの」 「あ、あの…話が見えないんですけど」 言い争いを始めた二人をそうご君が不思議そうに見ている。 かと思えば小さなフォークを置いてケチャップでべちゃべちゃな口を開き、中の咀嚼物がテーブルに飛び散るのを見た俺は無意識にティッシュで拭き取っていた。職業病だ。 「あねうえはけっこんするんでさぁ!」 「へ?……え、ミツバ先生…まさか土方く…ゴベバ!」 「んな訳ねぇだろ」 「勲さんとよ」 勲さん、いさおさん、イサオサン ん?勲さん?勲さんって 「ご、ごりらと!?」 「ふふふ、八月に式を挙げるの」 「…たく、早とちりしてんじゃねーよ」 ミツバ先生がごりらと結婚する。 恋敵だと思っていた相手が結婚するというのだから喜ばしい筈なのに、なんだか全然喜ばしくない。寧ろ少し悲しい気がするのは気のせいだろうか。 「でも坂田先生なら安心して十四郎さんをお願いできるわ」 「え?」 「十四郎さんたら家事全般は全く出来ないのよ。私も結婚したら十四郎さんのお世話ばかりしていられないし、どうしようかと思っていたの」 「…洗濯くらいは出来る」 「あんなぬるぬるな洋服着られません」 「…ぷ…」 二人の会話に思わず噴き出してしまう。 土方君はジトリと目を細めて、悪かったな何も出来なくてと唇を尖らせた。 「大丈夫だよ、ゆっくり覚えていけば」 その尖った唇があんまり可愛いから思わず撫でてしまう。温かくてぷにぷにした感触が堪らない。唇で感じるのとはまた違った感触だった。 出会って一年、付き合いだして三ヶ月。いい年した男二人が未だにプラトニックだなんて笑えない、だがそれが現実であり事実だ。俺も土方君も男と付き合ったことなどないし、どうも後一歩が踏み出せずにいるせいか、欲望は溜まる一方だ。 今も驚愕に見開いた瞳が段々潤み、赤く染まった目尻と頬、そして触れている唇が酷く艶めいて見えた。 だがしかし、ミツバ先生とそうごくんの視線が痛い。 「ちゅうすんの!?」 「こら、そうちゃん」 「だってあねうえ!きょうはなやでだんながひじかたのやろーにおそわれてたんだ!」 「襲われる?」 「うん!ぶちゅーって!」 しまった。まさかあの距離で見えていたとは。恐るべし子供の視力。 そうごくんの言葉に土方君は先程までの色っぽい雰囲気を消し去りばっと離れてしまった。 ああ、今日こそイケるかと思ったのに。 「違うよそうくん。あれはせんせーが土方君を襲ってたの」 「…ばっ…ばかお前!」 「じゃあやっぱり土方君が襲ってたの?俺とキスしたかった?」 「…なっ!?」 ああやべ、殴られるかもと目を瞑ってみるけど予想していた衝撃は来ない。 うっすら目を開けると土方君は膝の上の握り拳が白くなるほど力を込めて震えていた。 嘘、泣いてる? 「…お、お前が…好き好き…うるさかった…くせに!」 「え、あの…」 「…おれが…男だから…げんめつした、のか?」 「いや、なに言ってんの?」 「…も、三ヶ月も…たつのに…おまえ、全然手ぇだして、このねぇし!」 「…花とりにくるときは…そうごも…一緒だし!」 「…お、俺ばっかり…すき…みたいだし!」 「へ?」 聞き間違いじゃないだろうか。 今土方君好きって言った? 子供みたいにワンワン泣いて必死に訴えてくるのはまるで好きで好きで仕方ないと言われているようだ。 「土方君、俺のこと好きなの?」 「…ひっ…ぅ…てめー、殴られてーのか?」 「言ってよ。好きって、言って」 溢れ出す涙をごしごしと擦るせいで真っ赤に潤んだ瞳で睨んでいるけれどいつものような威力はない。 今なら少し強く出れる気がした。今の俺は無敵だ。 「言って?」 「ッ、好きじゃなきゃ…男となんか付き合わね……ンッ!んんう!?」 涙を散らしなから告げられた言葉に俺は唇を合わせていた。 今まで触れるだけだった柔らかい唇を舐めて開いた口腔に下を差し込み逃げ惑う舌にしゃぶりつく。 今までの我慢が爆発して散々口内を弄くり回し、満足して口を離すと土方君は必死に酸素を取り込みぺたりとテーブルに突っ伏してしまった。 「あら、激しいのね」 「……あ」 「ふふ、わたしとそうちゃんのことなんかすっかり忘れて夢中になってたわね」 「…すいません」 「いいのよ。行きましょうそうちゃん」 ミツバ先生は立ち上がると呆然とするそうご君の手を取り、すっかり冷めてしまったハンバーグをラップで包んで立ち上がった。 「今日はね、これを渡そうと思っていたの」 そう言ってミツバ先生が差し出したのは一枚の葉書。結婚式の招待状だ。 よく見ると会場は保育園の近くの教会だった。 「来て貰えるかしら?」 「勿論。ね、土方君?」 「…ん」 「あらあら、すっかりとろけちゃって」 冗談混じりに呟くミツバ先生を赤い顔した土方君が睨みつける。だけどミツバ先生は全く動じる様子もなく、そうご君の着替えやら鞄やらを大きな袋に詰め込んでその細い身体で抱え上げた。 「あの、ミツバ先生どっか行くんですか?」 「私たちがいたらお邪魔でしょう?だから今日は勲さん家にお泊まりなの。ねー、そうちゃん?」 「こんどうさんとしんせんれんじゃー見るんでさぁ!」 「あ、シーツ汚れたら洗濯しておいて下さいね十四郎さん?」 「な!…ば、ばかなこと言ってねーで早く行け!」 「はいはい、それじゃあまた明日。お休みなさい」 呆気に取られている俺を余所にミツバ先生とそうご君はさっさと出て行ってしまった。 土方君は相変わらずうずくまったままでその表情は読み取れない。暫くは土方君が顔を上げるのを待っていた俺だが、十分も経つと流石に焦れて口を開いた。 「土方君?」 「…なに」 「土方君も、シたかったんだ?」 「…な!?」 釣られて顔を上げた土方君に微笑んでキスをする。すぐに黙りになってしまった真っ赤な顔を覗きこむがその口が開かれる気配はない。 「意地っ張り」 「……へたれ」 「今日はへたれてやんないよ?」 「……腰が、上がんないんだよ」 さっきのキスで腰が抜けてしまったと言う土方君に噴き出して声を上げて笑った。 土方君はやっぱり涙目で唇を尖らせたけれど、その唇に吸い付けば今度は自ら少しだけ口を開いた。 「明日、洗濯機の使い方教えてあげる」 次の日の朝、沖田家のベランダには真っ白なシーツがはためいていた。 * 四ヶ月後 ミツバ先生の結婚式が間近に迫った保育園ではみんなでミツバ先生をお祝いしようと小さなパーティーの準備をしていた。 誰もいない教室には明日のパーティー用に折り紙で作った飾りがあちこちにぶら下がっている。 あと足りないのは、 「…遅いな」 結婚を理由にミツバ先生は延長保育の担当から外れ、今は俺が延長保育の担当をしている。 先月から一緒に住むようになった彼は毎週木曜日、店を閉めた後に花を届けてくれるようになった。丁度その時間には俺も延長保育の子供たちを送り出していて、木曜日は近所のスーパーで夕飯の買い物をして帰るのが定番だ。 事故にでも遭ってやしないかとそわそわしていると携帯が鳴ってディスプレイに表示されている名前に安堵した俺は急いで電話に出た。 「もしもし?遅いじゃん、心配したよ」 「たったの五分だろ?大袈裟何だよテメェは……今門のとこにいる」 「門?」 「量が多くて一人じゃ持ってけねぇから手伝え」 そう言って電話は切れた。 夏真っ盛りの八月は七時を過ぎてもうっすら明るくて少し不気味だ。なま暖かい風がそれに拍車を掛ける。 俺はサンダルを突っかけて門まで走った。 「遅せーよ」 「走ったんだけど?」 土方君は初めて会った時みたいに大きな花束に埋もれていた。 俺は両手に抱えた花束からちょこんと出した顔に苦笑してぷっくりした唇に口付ける。 「…んっ、…お前、卑怯だぞ。両手塞がってるのに」 「んー?土方君が可愛いからつい」 「…ばーか」 もう何百回もキスしているのに未だに慣れないところが可愛い。だけど確かに変わったところもあって。 例えば洗濯が出来るようになったとか、目玉焼きが作れるようになったとか。 突然キスしても笑ってくれるようになったとか。 「なあ、これあの時の種のやつか?」 「そうだよ。大きくなったでしょ?」 「ああ」 「土方君は俺の太陽だよ」 「はあ?何言ってんだお前?」 「だって俺土方君見るとおっきくなっちゃうから」 ココが、と言いながら下半身を指差すと土方君は呆れたように目を細めた。 「お前ほんと馬鹿な」 そう言って笑う土方君の横で向日葵が揺れていた。 end |