ぱしゃん。
水たまりの上を歩くと透明な雫がキラキラと輝いた。
ここ最近ずっと降り続けていた雨も漸く止んで、空はすっきりと晴れ渡っている。風は冷たいものの、昼にもなれば少し暑いくらいの日差しになりそうだ。

「洗濯物がよく乾きそう」





僕は職場に向かって人も疎らなかぶき町の狭い道を歩いていた。
朝と言ってももう八時を回っていて、夜の町かぶき町は異様な静寂に包まれている。聞こえるのはゴミを漁る鴉の鳴き声くらいだ。
ぐうたらな雇い主と大食らいな少女の為に朝食を作り、洗濯物を干すのが僕の一日の始まりだった。習慣というのは恐ろしいもので、今ではそれが当たり前になっている。

「おはようございます」

玄関に入った途端に香る煙草の香り。
これももう嗅ぎ慣れてしまったせいか、眉を顰めることは無くなった。
物静かな万事屋の台所に立ち朝食の準備を始める。
魚は四枚、ご飯は八合、味噌汁は豆腐とわかめ。そして玉子焼きは出汁巻きと砂糖をたっぷり使った甘いもの。それぞれの舌の好みに合わせて二種類作る。
出来上がった朝食を机に並べて、ぐっすり眠るあの人たちを起こしに行く。

「朝ですよ。ご飯出来てるんで食べちゃって下さい」
「ん、んー…」

唸っているのは万事屋の店主でもある坂田銀時。どうせまた明け方までハッスルしていて寝不足とかそういうオチだ。
だから大して気にも止めない。

「さみぃ。布団あけんな」
「じゃあおいで」
「ん」

銀さんの胸の当たりから顔だけ出したのは真選組、鬼の副長と云われる土方十四郎。
毎回休みの前日に万事屋にやって来ては、こうして一緒に眠っているからこの光景も見慣れたものだ。

「早く起きないと布団剥ぎますよ。今日は久し振りのお天気なんですから」
「それはだめー。新ちゃんにはちょっと刺激が強すぎるから」
「なら服着させてあげて下さいよ」

間違いなく全裸であろう二人に溜め息を吐き、扉から順に脱ぎ捨てられている二人分の服を拾っていく。所々カピカピになっているのは見て見ぬ振りが出来るようになった。

「ほら、銀さんも土方さんも。起きないと朝ご飯抜きですからね」
「ん、それはやだ」
「じゃあ起きて下さい土方さん。あんたが起きなきゃ銀さんは起きないんですから」
「うー、だりぃ。腰いてぇ」

布団の中でもじもじしながら駄々をこねる鬼の副長を冷めた目で見つめ、箪笥からきれいな羽織を二つ、枕元に置いた。

「えー。土方もうちょっと寝てようよー」
「朝飯食う」
「あ、分かったから服着て。年頃の娘もいることだし、ね?」
「んんー」

低血圧な土方さんは銀さん以上に朝が弱くて、朝食を食べながら寝たりする器用な人だ。目は瞑ってるのにうっすらと左右に揺れながら、もぐもぐと動く口が堪らなく可愛い。と銀さんが言っていた。
今も一足早く眠りの世界から帰ってきた銀さんが、まだ半分寝ている土方さんに服を着せている。真っ白い身体のあちこちに付いた赤紫色の痕が丸見えだが気にする様子はない。というか気づいていないようだった。

「よーし、出来た。土方、ご飯だよー」
「食べる」

食べると言っても土方さんはまだ半分寝ている状態だ。そんな土方さんの様子に苦笑した銀さんは、うつらうつらしている土方さんを肩に担ぎ上げ、居間に連れて行った。

「先に顔を洗って下さいね」
「あー…後で風呂入るからいいや。土方も風呂入りてぇだろ?」
「うー」

銀さんの肩の上でダラリと腕を伸ばしている土方さんの頭が微かに動く。
洗濯はあの二人がお風呂に入ってからだな。

「分かりました。じゃあ神楽ちゃんも起こして来るので先食べてて下さい」

二人が居間の方に消えたのを確認して、ぐしゃぐしゃになった一組の布団を畳む。勿論色んな意味で汚れたシーツは剥ぎ取り、洗濯機に放り投げた。
ついでに朝食だと告げた途端に飛び起きた神楽ちゃんに苦笑して僕も居間に向かった。

「まったく、昨日もマヨラーがうるさくて眠れなかったネ。安眠妨害で訴えるアル」
「ばっかオメー、だからお妙んとこ行っとけって言ったろ?」
「毎回毎回姉御に悪いアル。いいから耳栓買えよマヨラー」
「うー…」
「あー分かった分かった。悪かったなうるさくして。土方はまだ寝てっから、多分聞こえてねぇよ」

銀さんと土方さんの間に陣取った神楽ちゃんが何だかんだ言いつつ土方さんを気に入っているのを僕は知っている。
現に、マヨネーズをたっぷり掛けた玉子焼きを土方さんの口元に持っていき、匂いにつられて口を開けた土方さんの口に放り込むのは神楽ちゃんの仕事で、銀さんは何時もそれを羨ましそうに見ながら、目を閉じたままもぐもぐと口を動かす土方さんを見て可愛いと悶絶するのだ。
そんな三人の親子のようなやり取りを机向かいで微笑ましく見守りながら、一人朝食を食べ終えた僕は熱いお茶を飲む。

「さて、洗い物しちゃうんで二人はお風呂入って来ちゃって下さい」
「はーい。土方、行くよ」

銀さんは大分目が覚めてきた土方さんの手を引きながら脱衣場に消えた。
それを何とはなしに見送り、僕は洗い物を済ますとシャワーの音が聞こえてきたのを確認し脱衣場に入った。

「まったく、脱ぎっ散らかして」

二人分の着流しを畳み、銀さんの下着は洗濯機に入れる。洗剤を入れセットするとシャワーの音が消えた浴室から声が掛かった。

「おーい、新八ぃ」
「何ですか銀さん?」
「シャンプー切れてるからくれ」
「はいはい」

洗面台の引き出しから新しいシャンプーを取り出し浴室の戸を開ける。

「あ、土方さん。おはようございます。もう目覚めました?」
「ん、ああ…。朝飯、美味かった。いつもありがとな」

銀さんの足の間で寄っ掛かり目を閉じていた土方さんは、情事の痕が色濃く残る身体をピンク色に染め上げて綺麗に微笑んだ。
この二人の色んなところを目撃してきたし、見て見ぬ振りも聞かない振りも出来るようになったけど、これだけは慣れない。
この家には素直に感謝の言葉を告げる人間なんていないから、食事一つにも笑顔で美味しいと言ってくれる土方さんに僕は顔を赤くするしかなかった。

土方さんは綺麗だ。

前はただ怖い顔した人だと思っていたけれど、銀さんとそういう関係になってから、土方さんは本当に綺麗になったと思う。見慣れた僕がそう思うんだから勘違いじゃない筈だ。

「ちょっとちょっと新ちゃーん?駄目だよ?これ俺のだから」
「これって言うな!」
「いたたたた!ちょ、腹の肉摘まないで!やめて!」
「お前ちょっと太ったんじゃね?俺はデブに抱かれるのはごめんだぞ」
「…新八、プロ〇インダイエット買って?」

浴槽でじゃれる二人の周りにぱしゃぱしゃと水滴が飛び散る。
ぎゅっと抱き付いて土方さんの肩に額をぐりぐりしている銀さんに、邪魔だ離せと言う土方さんの顔はなんだかんだ言いつつ楽しそうで、僕はそんな二人に苦笑して浴室を後にした。

*

やがてほかほかと湯気を立たせながら風呂から上がった二人は、ソファーに座りいちご牛乳とコーヒーを飲みながらまた下らない口喧嘩をしていた。
僕はそんな二人の声をBGMに溜まりに溜まった洗濯物を干している。空には天人の船が飛び交っているのに日差しは暖かく、絶好の行楽日和だろう。

「平和だなぁ」

二人の口喧嘩はいつの間にか笑い声に変わり、ソファーの方に目をやれば濡れた髪をタオルで拭き合っている姿が目に入る。そんな微笑ましい光景に僕は目を細め、空っぽになった洗濯籠を持って濡れた二人分のバスタオルを取りにソファーに向かった。

「熱くない?」
「んー、大丈夫だ」

ドライヤーを持ってきた銀さんに寄っ掛かり髪を乾かして貰っている土方さんを横目に点けぱっなしのテレビを見れば、神楽ちゃんが何やら真剣な面持ちでテレビを食いいるように見つめていた。

「どうしたの?」
「な、何でもないアル!」

余程真剣に見ていたのだろう。僕の声にビクリと反応した神楽ちゃんは急いで画面から目を逸らした。

「本日は久々の晴天と言うこともあり、ここ大江戸らんどは沢山の家族連れやカップルで賑わっております。先日から始まったハロウィンイベントで――」

テレビから聞こえて来たのは銀さんお気に入りのアナウンサーの声で、頭に大江戸らんどのマスコットキャラの耳を付けている。先日から始まったらしいハロウィンイベントで仮装しているキャラクターにインタビューしているようだった。
神楽ちゃんの方に視線を移すと、唇を尖らせて頬を染めている。
万事屋に遊園地に行くような経済的余裕が無いのは明らかで、神楽ちゃんもそれが分かっているから何も言わなかったのだろう。
何を言うべきか考え倦ねていた僕を横目に、乾いた髪を手櫛で整えていた土方さんが口を開いた。

「行くか?」
「え?でも…」
「いいアルか!?」
「だって行きたいんだろ?」

キョトンとして首を傾げた土方さんに神楽ちゃんは抱きついて喜んだ。
二人分の体重を受けて眉を寄せた銀さんも、満面の笑みを浮かべた神楽ちゃんの頭を撫でて、満更でも無さそうだ。
家族だなぁ。なんとなく、そう思った。

「ふふ、じゃあ皆さんで行ってきて下さい。僕はここで留守番してますから」
「なに言ってんだ?お前も行くに決まってるだろ?」
「本当ネ。ぶっ飛ばされたいアルか?」
「全くだ。お前が来なきゃ誰が神楽の面倒みんだよ?銀さんが土方くんとイチャイチャする為に君は必要不可欠なのだよ新八くん」

次々とまくし立てられ、言葉を失った僕の頭に手を置いた土方さんが苦笑しながら口を開いた。

「お前にはいつも世話んなってるし、美味い飯も食わして貰ってる。こんくらいさせてくれ。それとももう遊園地って年でもねぇか?」
「あ、いえ…でも、いいんですか?」
「遠慮すんな。それに、あいつら俺じゃ面倒見きれねー」

遊園地だーとはしゃぐ銀さんと神楽ちゃんを少し遠い目で見つめる土方さんはやっぱり綺麗だ。

「ありがとうございます、土方さん」
「お、あれ一緒に乗るか?」

テレビの中では大江戸らんど名物の大観覧車がゆっくりと回っていて、微笑みながら指さした土方さんの肩に先程まではしゃいでいた銀さんが抱きついた。それに連動するように、今度は銀さんに神楽ちゃんが抱きつく。

「だめ。観覧車は銀さんと乗ること!約束!」
「ずるいアル!わたしも一緒に乗りたいヨ!」
「みんなで乗ればいいだろ…」

溜め息を吐きながら、でも何処か楽しそうな土方さんに僕は微笑み返し、席を立った。

「僕、お弁当作ってきますね」

窓から暖かい風が入り込み、金木犀の香りが部屋一杯に広がる。
ああ、今日はなんていい日なんだろう。


end



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