秋も深まり屯所の庭の紅葉も紅く染まり始めた。
最近の江戸は夏と冬しか存在しないのではないかと疑う程一年を通して暑いか寒いかのどちらかで、四季なんてものを感じる余裕なんて無いのに自然だけは何も変わらずに季節を伝え続けている。
現に江戸ではつい先日二十五度の夏日を観測したにも関わらず、今日の最高気温は十九度と少し肌寒い。
気温の差に身体がついていかず、風邪やら流行り病やらで病院に沢山の人が駆け込む中、冷えピタ一枚で高熱を乗り切ろうとしている男がいた。

「おい、山崎ぃ…水持ってこい」

開いた襖から小さな掠れた声が聞こえる。だらりと縁側にはみ出した上半身から湯気が出ている気がするのは気のせいだろうか。

「その前に体温計見せて下さい。あんた、見せないで仕事しようたってそうはいかないんですからね」
「…うるせぇ、はやく持ってこい」
「はいちょっと失礼」
「あ、こら」

汗で湿った着流しの中に腕を突っ込み、脇に挟まっている体温計を奪い取る。
いつものパンチも今は顔が濡れてしまったアンパンマンのアンパンチ並みに威力が無い。

「……四十度」
「はやく、書類…よこせ」
「いや、寝てろよ」

余りの高熱にお手上げ状態の冷えピタがポタリと落ちた。





副長室の障子をゆっくりと開ける。
土方副長は普段の平均睡眠時間が短く、人一倍気配に敏感な人だから熟睡することはあまり無いようだて。だからこそ今日みたいな日は特に細心の注意を払って動かなければならない。
風邪を引いて高熱でも出さなければゆっくり寝ることも出来ない、全くもって難儀な人である。
しかし俺は中にいる人間を確認するなり、身体の緊張を解き肩の力を抜いた。

「坂田副長」
「おうジミー」
「いやジミーじゃなくて…まあいいや。しかし、いつもながら見事ですね」

すっかりオフモードの着流しに着替えた坂田副長は土方副長の汗で湿った髪を梳きながらジャンプを読んでいる。
確か坂田副長は今日は非番でも何でもない通常出勤の筈だが、仕事人間の土方副長を眠らせるのはどんな仕事よりも難しいことだから正直助かっている。だから敢えて何も言わない。

「こいつこうしてねぇと寝ねぇんだよ。ガキみたいだろ?」
「土方副長をガキみたいだなんて言うのはあなたくらいですよ」
「そう?」

この二人の関係を知っているのは不思議なことに真選組の中で俺只一人だ。
しかし今日は、あの五月蝿い土方副長が風邪を引いて熱を出してるなんて何を言われるか分からない、という理由で何時も以上に誰も近寄らないせいか副長たちも大分リラックス出来ているようだった。

「熱、下がりました?」
「全然。こいつ普段は平均体温低いから余計きつそうだわ。出てけから始まって頭が痛てぇだの暑いだのうるせーったらねぇから寝かせた」
「助かります。でも何も食べてないし薬も飲ませてないんですよね…」
「起きたら飲ませるよ」

どうせ辛くてすぐ起きちまうだろうから、と話す坂田副長は土方副長の額に自分の額を当て体温を確認している。キュッと寄せられた眉に相変わらずの高温であることが伺えて俺も眉を寄せた。
昔から土方副長は滅多に風邪を引かないのだが、偶に引くと激しい高熱と頭痛に襲われる為、見ているこっちまで頭が痛くなる。
その癖薬が嫌いでなかなか飲もうとしない。その代わり高熱と共に病原菌を抹殺して次の日にはケロッとしていたりする逞しい身体でもある。

「あ、起きた?」

うっすらと開いた土方副長の瞳は涙で潤んでいて本当につらそうだ。
普段の悪態など忘れて出来ることなら変わってあげたいと思ってしまう。

「ぎん」
「おいおいどしたー?」
「うつるから、来るなって言った」
「風邪引いた時って妙に寂しくなるもんでしょ?」
「…大丈夫、だ。山崎がいる」

え、俺かよ。
二人の世界を創り始めたお二人に、薬とお粥を取りに部屋を出ようとしていた俺は驚いて後ろを振り返る。
一瞬にして重くなった空気を勘違いだと思いたい。

「ふーん、そんなにザキが良いんだ。じゃあ俺は用なしですね」

よいしょと親父臭い声と共に坂田副長が立ち上がる。
その紅い瞳が俺を射抜くように見つめているのを見て、背筋が凍るのを感じた。
流石は本気を出したら沖田隊長と互角かそれ以上と言われる実力の持ち主なだけはある。
それにしても、土方副長はどうしてこう俺を厄介毎に巻き込むのか。

「ち、ちが……まっ、…ッ…」
「……副長!」
「土方!」

出入り口に向かい一歩踏み出した坂田副長を追いかけようと立ち上がった土方副長が倒れる。
高熱で寝ているだけでも辛い状況だというのに、いきなり立ち上がったりしたらこうなることは容易に想像がつきそうなものだ。

ゆっくりと横にふらつく土方副長を坂田副長が抱き止めたのを確認した俺は安堵の溜め息を吐いた。

「馬鹿かお前…!四十度も熱出してる奴が急に立ち上がるんじゃねぇよ!」
「…ッ…だって、ぎん…怒った」

坂田副長の腕の中で子供みたいに泣き出してしまった土方副長に俺の目は点になる。
あまりの高熱に知能が低下したのだろうか。どうしよう、この人一応真選組の頭脳とか言われてるのに。

「あ、こいつ結構泣き虫よ?」

坂田副長はぎゅうぅっと抱き付いて離れない土方副長の頭をぽんぽんと宥めるように叩きながらご親切に教えてくれた。

「ぅ、えく、…ふぇ」
「こら、あんま泣くとまた頭痛くなんぞ?」
「ぎん、もう怒ってない?」
「もう怒ってねぇよ。でもそうだなぁ、許すかどうかは別だな」
「?」
「薬を飲むこと、今日一日仕事のことは忘れてゆっくり休むこと。そしたら許してやる」

キョトンとした顔をする土方副長のうっすら汗が浮いた額にちゅっと可愛らしい音を起てて口付けが落とされる。

「しょっぺ」
「ん、汗かいてんだからやめろ」
「お返事は?」
「分かった……けど、」
「ん?」
「……くすりは、いやだ」

そう言いつつ土方副長は坂田副長から離れる気配はない。
坂田副長は苦笑してチラリと俺に視線を寄越し、薬持ってきて、座薬ね。と声を出さずに頼むと己の胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる土方副長の汗で湿った髪を撫でた。
突っ込みたいことは多々あったが俺は何も言わずに副長室を後にした。





土方副長の部屋の前に立ち、耳を澄ます。

よし、おかしな声や叫びは聞こえてこないな。

これは変態な副長たちの魔の手から逃れる為に覚えた囁かな抵抗だ。いや、むしろ日課と言ってもいい。

「失礼します」

スッと障子を開けると坂田副長が土方副長の着替えを手伝っていた。
それはいい。それはいいんだが、

「坂田副長。下着、着せてあげましょうよ…」
「ばっかお前!違うよ?違うからね?土方が暑いからいらないって言ったんだからね?」
「はあ…土方副長、駄目ですよ下着も穿かないと。冷えちゃいます」
「うるせー山崎の癖に。お前は母ちゃんか」
「いいからパンツ穿きなさい」

ふぅ、と溜め息を吐いて障子を閉めると坂田副長が箪笥を開けて中を物色しだした。

「土方ー、パンツどれがいい?」
「んー…くまさんのやつ!」
「はいはいくまさんね……と、くまさん洗濯中みたいだわ。これでいい?」
「それはお前のだろ」
「えー、可愛いじゃん苺」
「俺がトランクス穿かねぇの知ってんだろ。それにお前のパンツは緩いからやだ」
「え、それは俺が太ったってことなの?ねぇそうなの?」
「…………」
「ちょ、何か言って!お願いだから!三百円あげるから!」
「…メタボになったら抱かせてやらねーからな」
「ジミィィィィイイ!今すぐロデオボーイ持ってこい!なんかゴリラが買ったとかで倉庫に入ってたろ!」
「いや、パンツ穿かせろよ」

悲鳴を上げながらドンドンと床を叩く坂田副長を白い目で見ながら俺は箪笥から一番普通っぽい黒のボクサーパンツを持って土方副長に渡した。

「ほら副長。パンツ、穿いて下さい」
「穿かせろ」
「…どんな女王様!?そんなん坂田副長にやって貰って下さいよ!」
「ぎんときは今使えないんだ」

そう言って土方副長が指差す先を見れば床に頭を打ちつけながら涙を零す坂田副長の姿があって、俺はやっぱりそれを白い目で見ながら土方副長の下に跪いた。

「ふふふ、いい気分」
「はいはい良かったですねー。はい足入れて」
「はーい」

着流しの前全開の土方副長の白い肌には濃い赤紫色の痕が幾つも付いていて、随分愛されてるんだなぁなんてしみじみと思ったりする。

つーか目の前に副長のちんこがあるのに平然とパンツを穿かせられる俺って結構凄いと思う。

「よし、次は帯ですね。ついでにやっちゃうんで腕上げて下さい」
「んー」

若干眠たそうな土方副長に苦笑して腰に腕を回す。

「ん、ぁ!」
「…へ?」
「ちょ、ゃ…んっ…やまざきぃ!」

突然甘い声が上がり驚いて上を向けば涙目で俺を睨みつける土方副長の顔があって。
赤く染まった頬と濡れた唇が色っぽ………って違うだろ俺!しっかりするんだ退。負けるな退。

「……坂田副長ぉ助けて下さい」
「なーに土方、地味に触られて気持ち良くなっちゃったの?」
「ん、ちが…」
「違くないでしょ?ここ気持ちいんだもんねー?」
「ッ、あ…ゃ、ん」

額に畳の痕を付けた坂田副長が土方副長の腰の辺りを押す度に土方副長から甘い声が上がり、坂田副長にすがりついた白い手がその着流しをぎゅっと握った。

てか遂にジミーじゃなくて地味になったんだ、俺。

なんだか少し誇らしくさえ思いながら、土方副長の甘い声をBGMに副長室を後にしようとした俺に坂田副長から声が掛かる。

「あ、座薬置いてけや。ついでに人払い宜しく」

俺は坂田副長の赤くなった額めがけて座薬を投げつけた。
見事にヒットしたそれを見てから土方副長の着流しを拾い障子を開ける。

「あ、それと」
「…まだ何かあるんですか」
「これ、俺のだから」
「分かってますよ。それとも坂田副長ともあろうお方が俺なんかに取られるんじゃないかって心配してるんですか?」
「まさか、全然?」
「ふふ。薬、お願いしますね」

すがりつく土方副長に口付けながらひらひらと手を振る坂田副長の姿を背に障子を閉めた。
直ぐに土方副長の甘い声が聞こえ始める。

「さて、人払い人払い」

二人の関係を知っているのが俺だけなんて未だに信じられないけれど、何だかその事実が少し嬉しかったりして。

俺は汗で湿った土方副長の着流しを洗濯するべく洗濯場に向かって走った。




end





「失礼します」
「おうジミー」
「すっきりした顔しちゃって…」
「つやつやだろ?」
「…お粥と着流しここに置いておきますね」
「おー。あとロデオボーイな」
「それは自分で取りに行って下さい」
「ジミーの癖に生意気」
「それより土方副長は大丈夫ですか?」
「薬効いたみたいでぐっすり寝てる」
「ぐっすりと言うよりぐったりしているような」
「やー座薬って効くんだな」
「人の話聞けよ」
「あ、あとこれも洗濯宜しく。どろどろになっちゃったからさぁ、土方ってば熱で意識朦朧としてていつも以上に乱れてそれはもうあんあんあんあん……」
「自分でやって下さい。あとそのパンツ土方副長のだから脱いで下さい。無理して穿くと伸びますし、肉、乗ってますよ」
「……俺、土方抱かせて貰えなくなんのかな。土方が我慢出来ないと思うんだけど」
「そしたら俺が貰うんで安心して下さい」
「…やらねーよ」



end







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