『もし時間があったら今日の夕飯ご一緒しませんか?』


プライベート用のスマホにそんな内容のメールを送ってきたのは、私の尊敬する先輩弁護士、妃英理先生の一人娘、毛利蘭ちゃんだ。そして私の後輩に当たる帝丹高校の二年生。流石妃先生の娘さんと云うべきか、それはそれは出来た娘さんである。

そんな蘭ちゃんから連絡が来たのは一ヶ月ぶりだった。今は丁度大きな裁判を終えたあとで、次の裁判に取り掛かるまでの少しばかりの自由時間。すぐに返信すると蘭ちゃんから可愛い絵文字を添えたメールが返ってきた。見た目も中身も可愛いなんて犯罪である。

ふと壁に掛かったカレンダーを見ると、今日の日付の下に仏滅の二文字。たかが昔の言い伝えで何か起きるとは思わない。けれど今日は嫌な予感がして仕方ない。一瞬身震いを起こし、書類を片付ける為に再度手を動かした。





月が空に登る頃、毛利探偵事務所とデカデカと掲げられたその場所を目指し、私が階段に一歩足を乗せた時だった。事務所の下にある喫茶店、ポアロから見た事の無い男性が出て来た。店のエプロンを着ているから、ここの店員である事には間違いがない。色素の薄い髪の毛に褐色の肌、無駄に整った顔と体型。その人は私を見ると一瞬固まったかと思えば、すぐに人好きのする笑顔を見せた。


「こんばんは」
「こんばんは」


何気ない会話。よくある、日常会話だ。誰だっけ。何処かで見かけた事がある気がする。うーんと頭を絞ってもそう簡単には出てくる筈がない。必要となれば勝手に思い出すだろう。小さく頭を下げ、私は階段を上っていった。だからその店員が消えた私の姿をまだ見ていたなんて、知るはずもなかった。


「いやー、名前ちゃんは相変わらずの美人さんだなぁ!」
「ありがとうございます。でもその台詞は妃先生にお願いします」
「ケッ!誰か英理なんかに言うかよ!」
「もう、お父さん!」
「照れ隠しかなぁ?ねぇ、コナン君」
「僕もおじさんは恥ずかしがってるだけだと思う!」


相変わらず毛利家は賑やかである。けれど私はこの賑やかさがとても好きだ。地方出身の私は高校進学と共に東京に上京してきた為、もう十年以上一人暮らしをしている。今となってはホームシックにはならないが、上京して直ぐは寂しくて毎晩母親に電話をしていた事は身内内の笑い話になっている。


「そういえば名前さん、この間雑誌に出てましたね!思わず買ってしまいました!」
「えー、そんな恥ずかしい」
「"完全無敗の美人敏腕弁護士"って。表紙に書いてあってすぐ誰のことか分かりましたよ」


蘭ちゃんは屈託の無い笑顔で言った。本当は気乗りのしない仕事だったけれど、秘書が出れと煩いからインタビューに答えただけだ。完成した雑誌は貰っていたけれど、中身は見ていないから真逆そんな事が書かれていたなんて。正直、嬉しくもなんともない。


「無敗と言ってもまだ弁護士になって三年だし、そう数もこなしてないよ」
「でもこの間は絶対に逆転不可能って言われてた痴漢冤罪を無罪にしたってニュースになってたよ?」
「あれはどう考えても被害者側のでっち上げだったから、無罪が取れただけだよ。それにしてもコナン君は相変わらず難しい言葉知ってるね」


隣でお行儀良くご飯を食べるコナン君に言えば「こ、この間読んだ本に書いてあったんだ!」と言った。小学校一年生がどんな本を読んでるの、と思ったけれど大人びている彼にはそれぐらいの内容の方があっているのかもしれない。

その時、来客を告げるチャイムが鳴った。「はーい」と出たのは蘭ちゃんだった。コナン君に焼き魚をあーんしてあげたら顔を真っ赤にさせて断られてしまった。こんな小さな子に遠慮される私って一体何なんだろう。


「こんばんは。夕飯時に失礼します」


その声は聞き慣れない声だった。顔が真っ赤のコナン君から視線を移せば、そこには先程の喫茶店の店員がいた。エプロンを付けていないと云う事は、業務が終了したという事だろう。店員は私を見ると「あ、先程の」と言った。


「名前さん、安室さんと知り合いなんですか?」
「ここに来るときに、店先でお会いしただけだよ」
「初めまして、安室透と申します。毛利先生のお客様だったんですね」
「安室さんは探偵もしておられて、お父さんのお弟子さんなんです」


自分の自己紹介を他所に、蘭ちゃんの発言に思わず出た声が上擦ってしまった。確かに眠りの小五郎としては、有名だけれど正直それ以外は…。空いた口が塞がらない状態の私であったが「こちらは苗字名前さん。弁護士をされてるんです」蘭ちゃんの言葉に慌ててお辞儀をする。


「苗字名前と申します。まさか小五郎さんにこんな素敵なお弟子がおられるなんて驚きました」
「名前をお聞きした事があります。何でも負け無しとか?」


そう言った彼――安室さんの瞳は優しいものではあるが、明らかに私を探っている。それに勘付かない程、鈍い人間では無い。けれどそれに気付かない振りをして「えぇ。有り難い事に」と返した。するとコナン君が「ねぇねぇ。安室さんはどうしてウチに来たの?」と聞いた。


「そうそう。サンドイッチを作り過ぎてしまったから、お裾分けしようと思いまして」
「ありがとうございます!名前さん、安室さんの作るサンドイッチは美味しいって有名なんですよ!」


満面の笑みで言った蘭ちゃんは可愛いが、どうしても安室透と云う男が気に食わない。何がどう、という訳ではない。私の第六感が、この男は怪しいと告げているのだ。けれどそれを此処で言う訳にはいかない。手渡されたサンドイッチを目の前に「わあ、美味しそう」と笑顔を作った。





「今日はご馳走さまでした」


蘭ちゃんの手作りの夕飯は変わらずとても美味しかった。自宅の下、ポアロ前まで送ってくれた蘭ちゃんとコナン君にお礼を言う。すると蘭ちゃんが「いつでも来てください!名前さん、まともな食事して無さそうだから」と言うので思わず笑ってしまった。


「お言葉に甘えて、また来ます」
「はい!」
「それとコナン君」
「なあに?」
「今度駅前に期間限定で推理カフェっていうのが出来るんだって。一緒に行ってみる?」


コナン君の身長に合わせるようにして言えば「うん!行く!約束だよ!」と食い込み気味に言った。コナン君の推理オタク振りは、新一君を思い出させる。彼なら「名前さんの奢りで行きましょうよ」位言いそうだ。いや、言うだろう。

その時「苗字さん」と私を呼ぶ声が聞こえ、同時に目の前に現れたのは安室さんだった。彼は私へと近付くと「これから帰りですか?」と明らかにそうだろうと分かる質問をしてくる。そうだと返事をすれば、安室さんはにこりと笑った。


「こんな遅くに女性一人で帰るなんて危ないですから、家まで送りますよ」
「慣れていますので大丈夫です」
「そうですよ!安室さんに送ってもらいましょうよ!」


さっきまで天使に見えていた蘭ちゃんが、突然悪魔に変わった。親切心で言っているのだから余計にだ。蘭ちゃんからすれば顔見知りかもしれないが、私からすれば今日初めて会った人なのだ。信用出来る訳が無い。けれど安室さんは「それなら決定ですね」そう言い、手に持っていたバッグを取り上げた。


「車は裏に停めてあります」
「じゃあ、名前さん。また連絡しますね!」
「名前姉ちゃん、何かあったら僕の携帯に連絡ちょうだい!」


どうやら味方なのはコナン君だけのようだ。安室さんはコナン君の言葉に「何もしませんよ」と困ったような表情をして答えた。あのバッグには大切な書類が入っている。謂わば、人質と同じだ。私は蘭ちゃんとコナン君に手を振り、安室さんの隣を歩いた。


2018/05/01

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