「あの、落としましたよ」
その声で私は振り返る。そこにいたのは銀色の髪色でアシンメトリーな髪型をした、大体同い年位の男の子。その子は私を見ると顔を真っ赤にさせて、視線を反らした。
分かる、分かるぞその気持ち。私は中也先輩の隣に相応しいように美容には手を抜かないようにしているのだ。そう、髪の毛一本から爪の先まで。そして容姿に関しては両親に深く感謝している。良い遺伝子だけくれてありがとう。
男の子が手に持っていたのは、あの中也先輩が私の一昨年の誕生日にくれたハンカチだった。私は平然を装い、それを受け取る。内心は凄く動揺している。このハンカチは中也先輩以外の男には触らせないと決めていたのに!
「ありがとうございます。大切なものなので助かりました」
「いえ。無くなる前で良かったです」
「もし宜しければ、お礼をさせていただけませんか?」
普段の私なら地球が爆発したとしても言わない台詞。けれどこの男の子を逃してはいけないと、ポート・マフィアの苗字名前がそう言っている。にっこりと微笑めば、目の前の男の子はころりと落ちた。
※
お礼と言えば、雰囲気の良い喫茶店とかで話をするとかそんな事じゃないのか。目の前の男の子は私の心の中なんてお構いなしに、茶漬けを食べている。正直、恐れ入った。
「ご馳走様でした!…本当にありがとうございます」
「いいえ。私の感謝の気持ちですから」
茶漬けの店を出ての第一声だ。ええ、本当にご馳走様だろうな。お前人の金だと思って、何杯食べてるんだよ。少しは遠慮しろよ。なんて面と向かって言えるわけなく、私は少しでも不自然でない笑顔を作る。
「あ、申し遅れました。僕、中島敦っていいます」
「私こそ遅くなり申し訳ございません。苗字と申します」
その名前を聞いて、私の感が間違っていなかった事を証明した。中島敦。以前、芥川が捕り損ねた人虎だ。どんな怖面男かと思えば、ひょろっちい子じゃないか。
「僕、武装探偵社で働いているんです。もし困ったことがあれば、連絡を下さい」
そう言って中島敦は名刺を手渡した。私はそれを受け取る。武装探偵社と言えば、ここ最近芥川がブツブツと呟いていたが、そう言う事か。
「その際には宜しくお願いします」
中島敦越しに、目線を送る。人混みの中の街。その奥に鳶色の外套を着た数年前に姿を消した上司が、にこやかに私に手を振っていた。
2018/04/04