私の朝は早い。アロマを焚きながらゆったりと半身浴を三十分、その後マッサージをしながらゆったりとスキンケア、ゆったりと朝食を食べた後に、ゆったりと化粧をする。

私の朝はこれで成り立っている。だからイレギュラーな事が起こると非常に苛々するし、その対象物をブチのめしたくなる。


『名前、おはよう。処で助けてくれないか?』
「何で?」
『死にそう』
「良かったじゃん」
『そうだけど』
「じゃあね!」


次に響くのは静かな機械音。今日は一段と心地良かったのに、太宰からの不必要な電話のせいで無駄な時間を作ってしまった。国木田君では無いけれど、朝だけは予定通りに進まないと嫌なのだ。





出社前の朝の一杯はとても美味しい。武装探偵社で働き始めてから、喫茶『うずまき』は私の行き付けの店となった。それは他のメンバーにも言えることだが。

以前の同僚に勧められた小説を読みながら、また一口。気付けばカップの中身は無くなっていた。腕時計を見れば、此処に来て一時間経とうとしている。そろそろ終わる頃だろう。


「ご馳走さまでした。マスター、また直ぐに来ますね」
「お待ちしております」


カランカラン、入口の扉に付けた鐘が鳴る。そのままビルの中に入り、エレベーターに乗る。敦君の性格なら合格しても無理とか言い出しそうだ。まあ、どうせ太宰が言い包めて終わるだろうけれど。





武装探偵社と書かれたプレートが付いている扉を開ける。そこには今日の入社試験のメンバーと主役の敦君がいた。敦君がダラダラと涙を流しているのを見て「嗚呼、合格したんだ」と直ぐに分かった。


「敦君、入社おめでとう」
「!苗字さん…そうか、苗字さんみたいなか弱い女性も武装探偵社の社員なんだ…」
「え?名前がか弱いだって?言っとくけど、名前は武装探偵社では随一の戦闘能力だからね」
「え!?そうなんですか!?」
「敦君の言う通り、私か弱いから」


太宰の元へ向かい、お高めの革靴を同じくお高めのパンプスのヒールで思い切り踏み付ける。太宰が痛い死ぬと泣き喚いた処で足を離す。視線を感じ振り返れば、真っ青な顔をして私を見ている敦君がいた。


「安心して。太宰にはご褒美だから」
「何度も言っているが、私はマゾヒストでは無い!」
「似たようなものじゃん」


ねー、とセーラー服を着た黒髪の女の子――ナオミちゃんに同意を求める。すると彼女はニタリと笑って「そう、お兄様もお好きですよね?」と実兄の谷崎潤一郎君の服に手を掛けていた。


「敦君の教育係は太宰?」
「そうだよ。楽しみだね」


太宰は胡散臭い笑みを敦君に見せる。すると敦君の顔はみるみると青くなっていき、小さな声でなにか言った。聞き返せば少しだけ顔を上げて、こちらを見る。


「あの…一生懸命頑張るので、教育係は苗字さんが良いです」
「私?」
「その、優しそうですし…」


段々と小さくなる声に比例するように、太宰も大きな体を丸め態とらしく泣き始めた。確かに優しさで言えば私の方が上だけれど、部下の事を考えた教育ならば、それは太宰の方が上である。


「敦君には申し訳無いけど、私既に教育係やってるの」
「え!?」
「二ヶ月前に入った子がいてね。それに太宰は教育係としては優秀だから。上司としては最低だけど」
「名前酷い!」


ふと、思い出した昔のこと。『――苗字さんの下に付くことは出来ませんか?』そう言った彼の瞳は少し潤んでいた。組織を抜けて以来、彼には会っていないが元気にしているだろうか。そして、あの人も。

あれから年月も経ち、そろそろ一波乱起きそうだ。あの日、あの人に貰った腕時計はまだ私の元で動いている。まだまだ止まる様子はないのである。


2018/03/26
 
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