外部から守られたこの場所は、酷く穏やかな時間が流れていた。と言えば聞こえはいいけれど、とにかく暇を持て余している人物がいる。


「暇だからゲームしようよ!何か提案ある人ー」


乱歩さんの声に手を上げる人はいない。けれどそれを気にしない乱歩さんは、勝手にしりとりを始めた。けれど出てきた言葉は「殺人事件」ツッコミを入れたのは新聞を読む晶子ちゃんだ。


「ん?…浮かびません!流石乱歩さん!強いですね!」


賢治君の無垢なところはたまに重大なダメージを与える。乱歩さんに賢治君の組み合わせは、地雷過ぎるのだ。いちいちツッコミを入れていてはキリがない。

しかし何を思ったのか、賢治君は国木田君に聞いてみると社長に携帯の使い方を教えてもらいながら電話をかけた。あ、ちょっと面白いことになってきた。あの国木田君なら深読みしすぎて、変な方向に話が進みそうだ。

少しのコール音の後、国木田君は電話に出たようだ。「国木田さん、ンから始まる言葉って何でしょう?」賢治君の聞き方は間違っていないかもしれないけれど、前頭に「しりとりをしているんですが」と一言付け加えたほうが良かっただろう。

すぐみたいに『その刺客はNがイニシャルの人物だな!?』と慌てたような声が聞こえてきた。賢治君はとぼけた表情をして「なんの話ですか?」と言った。

Nがイニシャルの刺客。いるとしたら誰だろうか。…真逆、こんな所に中也が来るはずがない。いや、此処に社長がいると知っていれば来てもおかしくないだろうか。そんな事を思いながら、私は会話の成り立たない賢治君と国木田君の声を聞いていた。





「そう言えば、名前ってずっとその本読んでるよね」


乱歩さんの言葉に頭を上げる。ふかふかの椅子に体を預けながら、猫のような瞳が私を見ていた。小さく頷けば、乱歩さんは目を細めた。これは相手を観察するときの表情だ。


「以前の職場の同僚からの誕生日プレゼントです。気に入っているから何度も読み返してしまって」
「ふーん。…で、そのプレゼントした男はもう死んでいると」


その言葉に思わず見開いてしまった。何故この本からの情報で、そこまでの事が分かってしまうのだろう。けれどそんな事を乱歩さんに聞くのは野暮というものだ。頷けば興味無さげに「ふーん」と言った。


「でもくれたのは彼氏じゃないんだ」
「…乱歩さん、知り過ぎるのは良くないですよ」
「仕方ないよ。分かっちゃうんだもん」


賢良すぎるのは、蜜でもあるが毒にもなる。そんな時「僕、ずっと疑問だったんですけど苗字さんと太宰さんって恋人同士なんですか?」そんな事を聞いてきたのは、賢治君だ。


「どこをどう見たら恋人に見えたの?」
「え?だって太宰さんの隣には苗字さんがいますし、その逆も然り。僕から見ればお似合いの二人だと思います!」


零れ落ちそうな瞳をキラキラさせているけれど、どこをどう頑張っても太宰とは恋仲にはならないだろう。乱歩さんは賢治君のそんな言葉を聞いて「まあ、確かにお似合いではあると思うよ」なんて言った。


「嫌ですよ、あんな自殺志願者」
「じゃあどんなのだったらいいの」
「んー、私の事を大切にしてくれて、それなりに顔も良くて…」
「ふーん。名前の前に付き合ってた人はそんな人だったんだ」


乱歩さんの言葉に喉が閉まる。乱歩さんの洞察力は毒になる事の方が断然多い。言い淀んだ私を見ていた晶子ちゃんが、私の肩にそっと手を置いた。





それから数時間。今のところ異常は無し。社長と将棋を打つけれど、二枚三枚、腕前は社長の方が上だ。時間を掛けて、最善の一手を考える。


「暇だー外出たいぃー」
「今出たらマフィアかギルドに首をもぎり取られちまうよ」


乱歩さんと晶子ちゃんの会話は穏やかなものでは無いのに、なんだかほのぼのして見えるのは何故だろう。す、と駒を動かす。うん、悪くない一手だ。


「監視映像に異状は無いか」


社長の言葉に晶子ちゃんは「退屈な映像ばかりだねェ」なんて言ってみせた。ずっと退屈ならいいけれど。相手はあの首領だ。恐らく何かしらの手は打ってあるだろう。

まあ、来たとしても罠も監視カメラも至るところに仕掛けてある。それに此処に来る道は一方通行。来たとしても、余程の腕利きでなければすぐには行動に移せないはずだ。


「名前、駄菓子買って来て」
「嫌ですよ。私に死ねって言ってるですか」
「君なら三十人くらい一気に襲いかかったって、かすり傷一つ負わないでしょ」
「…そうかもしれないですけど、私だって闘うには苦手な相手がいますよ」
「例えば?」


その質問に私の口は止まる。太宰の異能力は本当に面倒だけど、近付かなければなんてこと無い。どちらかと言えば、遠距離戦派の私からすれば敦君のような接近戦を好む異能者は得意ではない。でも、それよりももっと苦手な人が居る。


「社長、攻勢を呼び戻した方が良いよ」


急に乱歩さんの雰囲気が変わった。敵は思ったよりも早く此処まで辿り着いたらしい。監視映像が映るパソコンを覗き込む。嗚呼、最悪だ。よりによって一番苦手な相手が来たではないか。


「襲撃規模は何人だ?」


社長の言葉に乱歩さんはモニターを動かした。私はもう頭を抱えるしかない。マフィアを抜けてから四年もの間一度も出会わなかったのに、なぜ急にこんなに何度も何度も出会うことになるのだろう。


「一人だ」


低く呟いた乱歩さんの声。そして監視映像を映すそこには、過去に何度も手合わせをしては引き分けを繰り返してきた中也が、カメラ越しにニヤリと笑った。


2018/05/24
 
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