それは驚くくらいに天気の良い、穏やかな昼下がりだった。太宰が阿呆みたいにニヤつきながら俺の所へやって来たかと思えば、がっしりと俺と肩を組んで来た。気持ちワリィ。

しかも肩にはしっかりと太宰の爪が食い込んでいる。逃げるな、という事か。今にでも飛び出しそうになる拳を抑え、俺よりすこーしだけ高い位置にある太宰の顔を見た。


「ンだよ」
「中也、君は森さんの隠し子の噂を聞いた事があるかい?」
「嗚呼…最近流れてるやつか」


首領に隠し子がいる。それが最近、ポート・マフィア内で持ち切りの噂になっている。何でも、首領の執務室に入って行く女の子の姿を複数の人が見ただとか。

俺も首領の部屋へは何度か行った事があるが、そんな姿は一度も見たことが無い。それに声だって聞いたことが無い。そんなのはただの噂である。俺はそう思っている。もちろん、エリス嬢とは別の人物の話だ。

けれど太宰はどうやら違うようだ。「今日明日は森さんがいないんだよ。チャンスだと思わないかい?」太宰はそう言い、ニヤリと笑った。大体の予想は付いた。自然と溜息が溢れた。





何度来ても、この部屋の前は緊張する。今日は見張りがいない。首領がこの部屋にいない証拠だ。もし隠し子がいるのなら、今日だって誰かしらこの部屋の前にいるだろう。太宰は嬉しそうに部屋をノックするが、矢張り誰の返事も無い。


「返事ねぇし、誰もいないなら俺は帰る」
「えー?そんな筈無いんだけどなぁ」
「確証の無い噂話に付き合わせるな」


そう言ってその場を去ろうとした時だった。「この部屋に用事?」聞こえてきた声は、一度も聞いたことのない、そう、例えるのなら鈴のような声だった。その声の持ち主は俺と年齢がそう変わらない女だ。


「やぁ!君が森さんの隠し子?」
「なっ、太宰、お前っ!」
「そんな噂流れてるらしいね。でも残念ながら隠し子じゃないよ」


艷やかな髪に、引き込まれそうな瞳、雪のような白い肌。一瞬にして、俺の心臓は目の前のこの女に掴まれた。所謂、一目惚れというやつだ。特別何かに秀でている訳でない。それなのに、目の前の女は魅力的なのだ。 


「君達、太宰くんと中原くんでしょ」
「私達のことを知ってくれているとは感激だね!ねぇ、中也!」
「…あ?あ、嗚呼」


太宰の言葉に返事が遅れる。俺は素っ気ないふりをして、面倒くさそうに腕を組んだ。すると目の前の女は「どうせ暇でしょ?一緒に午後のティータイムにしよう」そう言って微笑んだ。





女の部屋は首領の部屋から少し離れた場所にあった。ポート・マフィアに加入してから何度か此処を通ったが、何の部屋かなんて気にもした事が無かった。女が扉を開けると、ふわり、と甘い香りがした。


「うん、正に理想の女の子の部屋って感じだね」
「全部、首領の趣味だよ」


白を基調とした、アンティークの家具に囲まれた部屋だった。女はそのインテリアとやけに合っていて、立派な彫刻が施された椅子に座った姿は、まるで人形のようであった。


「そこに座ってて。紅茶用意するから」
「どうもありがとう。…中也、何をしている。座り給えよ」
「…分かってるよ」


音を立てて太宰の隣に座る。客人用であろう二人掛けのソファーは、今まで座ったことのないぐらいにふわふわであった。女は銀のトレーに上品なカップを三つ、平皿に乗せたお菓子と共にやって来た。


「毒は入ってないから、安心して」
「だってさ。中也、先にどうぞ」


態とらしく笑う太宰は目の前の女を何一つ信用していないらしい。女は困ったように笑うと「私にはあなた達を殺す理由が無いから安心して」と言った。


「ところで、君の名前は?」
「苗字名前。十五歳。他に知りたい事は?」
「いつからポートマフィアに?」
「五年前。十歳のとき」
「そんな前から?」
「そう。元々は先代の下で働いてきたの」 


ーー苗字名前。それが女の名前だ。綺麗な指でティーカップを掴むと、そのまま唇に当てる。その姿がやけに色っぽくて、慌てて顔を反らす。バクバクと心臓が悲鳴を上げている。


「此処の居心地はどう?」
「そうだね。悪くは無いよ」
「中原くんは?」
「前と比べればすっげぇ良い」
「そう。なら、良かった」


大きな瞳の中に俺が映った。ただそれだけなのに、心臓が勢いよく跳ねる。落ち着かせるために目の前に置かれた紅茶を飲む。それはまだ熱くて、吐き出しそうになるのをぐっと堪えた。


「ところで本題になるけど、君は何者だい?見た所によると、森さんに相当大切にされているようだけど。もしかして恋人か何か?」
「確かに首領は幼女好きだけど、私は彼にとってはもう年寄りも当然。それにエリス様がいるでしょ?」
「それなら?」
「私はねーー」


女は持っていたカップをテーブルに置いた。そして、優しく微笑む。けれどその表情と、発せられた言葉は何一つ似合っていなかった。ひやり、こめかみから汗が流れた、気がした。


「へぇ、まさか君が参謀だったとはね」
「でも太宰くんは私の指示に従った事なんてほとんどないでしょ」
「おや。そんな事までばれてしまっているとは」


こりゃ一本取られたね!と太宰は笑っているが、たかが一本如きがなんだ。俺なんか全部取られている。ベシベシと俺の背中を遠慮なく叩く太宰は、とても楽しそうに見えた。


「前線に出ることは?」
「今の首領になってならはごく稀に。幹部達でも片付かない仕事があれば」
「部隊持ち?」
「うん」
「異能力は?」
「雷」


太宰からの質問攻めでも嫌がる様子一つ見せず、女はすべて答える。そして最後、左手の人差し指を立たせると、そこから青白い稲妻が見えた。たった数センチほどなのに、ここまではっきりと音が聞こえる。


「わあ、とても痛そうだね」
「一瞬で死ねるよ。太宰くん、自殺志願者なんでしょ。試してみる?」
「遠慮しておくよ。痛いのは嫌なんだ」
「そ。残念」


すると女は「そう言えば、」そう言い、突然太宰の手を握った。太宰の目は大きく見開くが、俺は口から心臓が飛び出るかと思った。その様子を口を開けたまま見続ける。


「あー、確かに気が抜けるような感覚がする」
「不思議だろう?」
「うん。例えるなら、ふわふわした乗り物に乗ってるみたいな感じかな。地に足がついてないような気がしてきた」


そしてその手が離れた。先ほどまで繋いでいた手をグーパーする。俺も太宰の無効化の能力は好きでは無い。気分が悪くなる。


「話は戻るけど、先代の時は前線に?」
「しょっちゅう。寧ろ、それが私の仕事だったから」
「では何故森さんは急に君を参謀にしたのかい?」
「知らない。先代が死んだ後、急にそう言われたから」


そう言って笑ったその表情は、とても綺麗だった。けれど同時に悲しげにも見えた。どちらにしろ、俺は太宰と会話している女に見惚れていたのは間違いようのない事実なのだ。


2018/05/22
 
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