「おい、朝刊見たか!」


怒鳴るようにして事務所に入って来た国木田君の声が響く。私は太宰の隣でぼんやりとテレビを見る。『七階建ての建物が一夜にして消滅してしまいました!』スピーカーからアナウンサーの慌てた声が聞こえる。

ポートマフィアの企業のビルが消えようが壊れようが、私にはどうでもいい。ただただ、賢治君を何処かへ消し去ったギルドのメンバーが憎い。昨日来ていた三人の誰かの異能力の筈だ。それさえ分かれば、賢治君を助けに行けるのに…!


「やはり寮にも賢治君は居ません」


谷崎君の声が嫌になるぐらい頭に響いた。私はまた大切な仲間を失ってしまうのだろうか。あの時と同じ。私がもっと早く気付いていたら、私のせいで賢治君が、私のせいで――


「名前。自分を責めては駄目だ」


太宰の声が聞えたと同時に、その掌が私の頬を包んでいた。あの時の事を知っている太宰は「自分を責めるな」と何度も何度も私に言い続けている。それなら誰を責めればいい。誰のせいであんな事になった。全部全部、私のせいなのだ。


「谷崎!これ以上単独で動くな。敦と組んで賢治を探せ!太宰と苗字は俺と会議室に来い!社長会議だ!」


国木田君が言う。会議室?賢治君が私のせいで大変な目に合っているのに?太宰は私の頭を優しく撫でた後、会議室へと足を進めた。「苗字、何をしている!」国木田君が私に向かい叫ぶ。


「国木田君、私も二人と一緒に賢治君を探す」
「阿呆な事を言うな!お前は作戦を立てるのに必要な…!」


私を呼び止める声を無視して、谷崎君と敦君の手を掴み事務所を飛び出す。谷崎君の異能力はこちらにとって最大の武器だ。それに敦君もみるみると力を付けている。私だってマフィア時代は誰よりも体を血に染めてきた。ギルドの一人や二人、敵ではない。





「あんなにピリピリした探偵社は初めてね」


私の気持ちとは裏腹に、ナオミちゃんの声は穏やかだった。彼女には申し訳ないが、異能力を持たない彼女はこの場では邪魔な存在だ。

そう思っているのは私だけでなく、兄の谷崎君も同じようだ。しかし谷崎君が帰れと言っても、ナオミちゃんは引く気配が無い。谷崎君とナオミちゃんの軽い言い合いの後、待っていた歩道の信号が青に変わった。

その時だった。私の隣を歩いていたナオミちゃんが言葉途中に口を閉ざした。どうしたのかと思い右を向けば、そこにいたのは人一人分を空け、敦君がこちらを見ていた。


「…ナオミ?」


賑やかなはずの街に谷崎君の声だけが響いた気がした。なぜ、いつ、どうやって。たらりと汗が流れる。いち早く冷静さを失ったのは言わずとも谷崎君であった。その後を敦君と私が追いかける。こういう時にこそ冷静でいなければ、敵の思う壺だ。

前を走る谷崎君の後を追いかけていると、数年前まで嫌というほどに見続けた姿が視界に入った。後ろ姿だけでも誰だかすぐに分かる。しかしその人の隣にはいつも一緒にいるはずの、あの子の姿がなかった。


「退けッ!」


私が見つめていたその背中を、谷崎君が勢いよく押した。私の前にいた敦君が足を止め、必然的に私も足を止める事になった。その時、視界の先に先日事務所に来た、ギルドのメンバーがいた。私を睨みつけてきた女だ。そしてきっと、賢治君を攫った犯人だ。

――瞬間、私は異空間に居た。そこには谷崎君を含め、私の周辺にいた道行く人達も混じっている。頭が痛くなるほどにファンシーなその場所は、恐ろしく気味が悪かった。


「ようこそ、アンの部屋へ」


そう言ったのは矢張り、あの女だった。「あたし初対面の方とお話しするの苦手なの」そんな事を言いながら、口が止まる気配が無い。一番に痺れを切らしたのは谷崎君だった。「ナオミは何処だ」この声は低く、怒りで溢れていた。


「あらごめんなさい。その説明が最初よね。探偵社の皆さんはあちらよ」


そう言って見た窓越しの扉の向こう。そこには巨大な手に掴まれたたくさんの人がいた。そこにはナオミちゃんと賢治君がいた。思わず握りこぶしに力が入る。谷崎君がその扉を開けようとするが、「鍵なしでは開かないわ」と告げられる。

「あたしの名前はモンゴメリ」女はそう名乗った。この空間はこの女の異能力らしい。また面倒な力を持っている。「そのドアから誰でも出られるわ。お仲間を取り返したくなければですけど」ニヤリと厭らしく笑いながら言う。

「どういうつもりだ」谷崎君が聞く。恐らく賢治君は捕まった人達を助けようとして、今あの場にいる。恐らく、ナオミちゃんもだ。気を付けなければ私達も捕まる可能性は低くない。身構えていると「簡単よ」そう言って出てきたのは、巨大な人形だった。


「この部屋のアンと遊んで頂きたいの」


部屋には一緒にこの空間に来た人達の叫び声が響いた。一目散に元の世界に繋がる扉へと向かって走る。結局残ったのは、谷崎君、敦君、私。そしてマフィア時代、それはそれはお世話になった――首領だった。


2018/05/13
 
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