ニコチンに殺される


ここの組織内でスコッチに出会った時から、ある程度の覚悟はしていた。あの日のスコッチもいつもと変わらず笑っていて「アイツもお前に出会ったら驚くだろうな」なんて言って。

こんな所にいる時点で常に死と隣り合わせだ。だからスコッチが死んだと聞いた日、それが彼の運命だったのだと思った。誰も悪くない、彼は悲しい死を遂げた。

松田も萩原も伊達も、スコッチも。同期の皆が次々とこの世を去っていく。仕方ない、そういう世界なんだから。自ら飛び込んだのは自分達だ。私達は死に付き纏われている。


「それ、何本目だ?」


ぼぅ、としていると聞こえてきた声。隣に立ち、腕を組み、私を見下ろしている。色素の薄い髪の毛が満月の光を浴びて眩しく輝いている。

肺まで吸った煙を、ゆっくり吐き出す。返事をしない私に降谷君は態とらしくため息を吐いた。彼は私の顔を見たくないはずだ。だって、彼の大嫌いな赤井さんの直属の部下が私なのだから。


「日本を捨ててFBIだと?笑わせる」


降谷君の声には棘しかない。確かに日本を守るために警察学校で共に切磋琢磨してきた仲間が、母国を捨てアメリカを守っているなんて阿呆らしい話だ。


「警察学校を卒業して突然渡米したかと思えば、音信不通になり心配していたのに。結果がこれか。さぞかしアメリカは良かったんだろうな」


この人は私でストレス発散でもしているのだろうか。これぐらいの嫌味なら、FBIに入りたての時、夢に出てくる程までに聞いてきた。大したことではない。


「ふーん。心配してくれてたんだ」
「当時はな。今では汚点だ」
「それは言い過ぎ」


短くなった煙草を携帯灰皿に入れる。もう一本吸おうと思ったとき、私の右手は降谷君の手に掴まれていた。あの頃と変わらない青い瞳が私を見る。混じり気のない、常に正義と共に生きている瞳だ。


「そろそろニコチンで死ぬぞ」
「大丈夫。上には上がいるし」


私がそう言うと、降谷君は舌打ちをした。それだけで誰か分かるのも可哀想だ。そしてそこまで嫌われている、赤井さんも。


「何故FBI何かに入った。お前なら日本の警察でトップになれるぐらいの実力があっただろう」
「赤井さんにスカウトされたから」
「スカウト?」
「スカウト」


気付けば掴まれていた手は離れていた。代わりに私の手首は赤くなっていた。じんじんと痛む手首を見ながら、あの日のことを思い出した。警察学校を卒業した、翌年の事だ。


「格好良いよね、赤井さん」


私がそう呟いた数秒後、私の背中は冷たい地面に張り付いていた。目の前には、満月の光で逆光になっている降谷君だ。押し倒されているこんな状況でも、髪の毛綺麗だな、なんて思っている自分が馬鹿みたいだ。


「…俺の前でよくそんな事が言えたな」
「本当の事だから」
「俺の気持ちを、知っておいて…っ!」


丁度その時、私の携帯が鳴った。ジャケットのポケットから取り出し、通話ボタンを押す。「ジン?どうしたの?」私がそう言うと、降谷君は静かに離れていった。

三分程の通話が終わる。降谷君は前髪をかき揚げて、その瞳には地面を映していた。降谷君の気持ちなんて嫌と言うほど知ってる。私にとって、それ程濃い関係だったのだ。でも、互いの立場上、これ以上は踏み込めさせない。


「仕事。明後日までによろしくだって」


殴り書きしたメモを渡す。そもそも私が組織に踏み込んだのは、赤井さんに何かあったときの為だった。こっそり動くつもりだったけれど、赤井さんがバレてしまった今、私が堂々とするしかない。例え、非人道的行為だとしても、これが正義に繋がるのなら。


「さて、ジンの愛犬はご主人様を喜ばせて来なくちゃ行けないから」


私の言葉に降谷君は“何をしに行くのか理解したのか”目を見開かせた。「さすがに…嘘、だろう?」途切れ途切れの言葉には返事をしない。どうせしようがしまいが、結果は同じなのだから。

降谷君の手が私の両肩を掴んだ。思わず顔が歪む位に痛かった。けれど目の前の降谷君の顔は、私なんかよりもっと痛そうな表情をしていた。


「どんな事をしても、核心まで上り詰めろ」
「…何」
「赤井さんに言われたの。尊敬する上司に言われたのなら、逆らうなんて事、出来ないでしょ」


こんな言い方をしては、一層赤井さんを嫌いにさせるだけだ。けれど、それでいいのかもしれない。その事が降谷君を生に執着させる糧になるのなら、間違った事はしていないだろう。

ああ、こんな日に限ってオフショルなんて着てくるんじゃなかった。降谷君の爪が肩に刺さり、少しだけ皮膚を貫いた。中途半端な痛みが一番嫌いだ。


「今からでも遅くない。ここを抜け、公安部に、」
「降谷君」


だめだ。いつもの彼ではない。冷静さが欠けている。冷静に考えれば、私がFBIに入っている時点で私の国籍に疑問を持つ筈なのに。
そばに置いていた手帳を取り出し、その間に挟んであった免許証を見せる。


「ごめんね、私日本人じゃないの」


国際免許証。そこには私の写真と共に、住所や名前が乗っている。私が住んでいるアメリカの現住所、そして、今の私の名前。



「っ、ふざけるな!」


苗字なんて名字はとっくの昔に捨てた。今では赤井さんの為に生きる、忠実な部下なのだから。けれど滅多に使うことのない“赤井”という名字に慣れる事は、これから先、あるのだろうか。


2018/06/07
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