すがるようにキスして


カーテンの隙間から入る朝日で目が覚める。布団の中で、ん、と背伸びをすると骨張った腕が私の腰に回った。何も身に着けていないから、直接体温が伝わってくる。その温もりの犯人は明確で、視線を向ければぱちりと交わった。


「おはよう、名前」
「おはよ」


まだ眠たいのか、目尻は下がり気味だ。声はいつもより低く掠れている。少し癖のある黒い髪の毛を撫でれば、気持ち良さそうに目を細めた。


「せっかく久し振りに休みが重なったんだよ」


そういうと、ぐっ、と腕を引き寄せる。無抵抗な私は簡単に彼の腕の中に入り込む。寝起きの体温は暖かく、起きたばかりの私はそのまま眠りについてしまいそうだ。


「これ程までに自分の異能に感謝した事は無いね」
「流石の私だって、恋人相手には何もしないよ」
「どうだか」


そう言って彼はクスクスと笑う。そんな彼の整った唇に触れてみる。すると「おやおや」なんて言ったかと思えば、気付いた時には目の前に覆い被さるようにして、綺麗な顔が私を見下ろしていた。


「朝からはしないよ」
「誘ったのは名前だろう?」
「誘ってないから」
「いーや、誘ったね」


長い指がお臍の上を通り、ゆっくりゆっくり上がって来る。その感覚に体がゾクゾクと震える。そんな私を見て、目の前の彼は満足げな表情をした。


「これ以上したら、明日仕事行けなくなるから駄目」
「なら、休めば良い」
「敦君とだもの。休めないよ」


すると露骨にため息を吐き、そのまま私の隣に寝転がった。その振動で私の身体は少しだけ跳ねる。彼の腕が私の頭の下を通る。愛用している香水と、ほんのりと汗の香りがした。


「名前は敦君の事を気にしすぎだと思うけど?」
「あの子巻き込まれ体質だから、ちゃんと見ておかないとまた変な目に合うでしょ?」
「だからって、名前がそんなに気にする必要があるかい?」
「私は“数秒先の未来が見える”んだから、私といれば少しは安全でしょ」


そう言うと彼は目を細めて、私の頭を優しく撫でた。その表情は私でなく、その向こうにいる誰かを見ている気がする。そんな事を初めて思ったのは何時頃だっただろうか。

確か初めて彼に出会った時も、誰かと重ねるようにして私を見ていた。きっとそれは、私と出会う前、彼がまだ真っ黒に染まっていた時に出会った人なのだろう、と勝手に思っている。彼と出会い、恋人になりまだ然程年月の流れていない私は、過去の話を聞く勇気が無い。

だって、もしこれでその相手が女だったらどうする?きっと私は嫉妬に狂ってしまいそうになるのは目に見えている。何年経っても彼の心に居座るだなんて、余程親密な関係だったに違いないのだから。


「何、阿呆面晒しているんだい?」


気付けば私の頬は彼の指に掴まれていた。どうやら、いつの間にか考え耽っていたらしい。彼の指が離れたからと言って、掴まれていた頬の赤みが消えるとは限らない。


「あ、そう言えばポートマフィアにいた時、ナカハラチュウヤと組んでたんだっけ?」
「…何でそこで中也が出てくるんだい?」
「この間外回りしてた時に話しかけられたの」
「は?何て?」
「いや、お前が太宰の彼女か、とか何とかって、」


すると気付いたときには、私は彼の胸元に顔を埋めていた。「治くん?」と彼の名前を呼ぶと「…そういう事は、何よりも早く私に伝えてくれ」と絞るような声を出した。


「私が探偵社員だって知ってたけど、何もされなかったよ。それに見た目はちょっと怖いけど、悪い人じゃなかったし」


私の言葉に彼の返事は無い。ただただ、無言で抱きしめる力が強くなっていく。精一杯に見上げても、私は彼の喉仏しか視界に写せない。


「名前に何かあったら、私は私でなくなってしまう」
「大丈夫だよ。私は未来が、」
「そうだとしても!」


急に荒げた声に体が震える。するとハッとしたように私を見て、小さな声で「、すまない」と呟いた。私は彼の地雷を踏んでしまったのだろうか。まるで私を宥めるかのように、綺麗な指が私の頬を撫でた。


「私は君のためならこの世の全てを捨てる事が出来る。それ程までに君を愛しているんだ。お願いだから、私に悲しい未来は見させないでくれ」


訴えるかのような声に私は静かに頷いた。返事が出来なかったのは、私を抱きしめる腕が震えていたからだ。腕を伸ばし、首元に絡める。静かに唇を触れ合わせれば、小さく名前を呼ばれた。


「大丈夫。私に何かあれば、治くんが守ってくれるでしょ」


にっこりと笑って見せれば、彼も綺麗な微笑みを見せた。かと思えば「明日は国木田君が非番だったな。彼ならいいだろう」と言ったかと思えば、ぐ、と下半身を私に押し付けた。

昨夜の情事のままの私達は何も羽織っていない。その感覚は直に伝わってくる。一体、いつ何処でそんな気になったのか。にんまりと笑った彼の顔を見たのが最後、私はベッドに溺れていった。


2018/06/21
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